オリジナルキャラクター注意。
ある意味女主人公の片想い夢小説のような1P





「ねえ。幸村。何時になったら終わる気?」

道場の木の壁によりかかり、少女は不満そうに唇を尖らせている。
他の部員が帰っても、ひとり残って木刀を振る幸村に、少女はじっとりとした視線を向ける。
その視線に彼は困ったように笑い、素振りを一旦やめた。少女にタオルを投げられたタオルを受け取り、額に流れる汗を拭く。

面だけは取り、あとはきちんと防具をつけた姿だ。

まだ成長途上であるものの、美しく筋肉が付いた四肢には、武骨な印象のある銅色の防具がよく似合う。

「知り合いを待っているのだ。暇ならば帰ってもよいのだが……」

わざわざ自分の都合に"友人"を巻きこむことに抵抗がある幸村は、少女……伊東織音に告げる。

「気にしなくていいわよ。ただ、幸村が疲れないのかなって思っただけ。人を待つだけなら、体をうごかさなくてもいいじゃない。少しは休憩したら?」

「いいや。平気だ。まだ体力があり余っている」

織音は腰に手を当てた。

「嘘つき。そう言って何度も倒れたくせに」

織音は幸村とは中学で出会った。しかし、その二年半の間に、幸村が倒れたのを何度も目撃している。
周りの注意も聞かず体を動かしていて倒れたのを何度も見たし、人伝てに聞いてもいる。その回数は両手では足りない。
幸村は呆れるほどの体力の持ち主だ。
だが、そのせいか自分の限界をしらない。
ひとが倒れる一歩手前でやめるところを、辞めない。
例えるならばチキンレースでブレーキをかけず全力疾走で崖から落ちていくようなタイプだ。
バカと言ってしまえばそれまでだが、友人の欲目……いや、好きになってしまったせいか、そういうところも格好よく思ってしまうから困ったことだ。

「大丈夫だ」

自信たっぷりに言って、織音にタオルを投げ返す。

「それに、ひとが来たらすぐにやめるから、倒れるようなことはしないさ」

「そんなこと言っておいて、また倒れても知らないんだから。せっかく会いにきてくれたひとが来たときに気絶してたら、来てくれたのが無駄になっちゃうじゃん」

素振りを再開しようとしていた幸村は、織音の言葉にむうと唸る。
それも一理あるかもしれないと思ってしまった。

「……わかった。そろそろ休憩する」

幸村は渋々といった体で、構えていた木刀を、所定の位置に片付ける。

織音はにっこりと笑んだ。

「幸村が私のいうこと聞いてくれて良かった」

そこに僅かに滲むのは、幸村の行動を止められたという優越感だ。
幸村の幼馴染みである大谷でもなかなか幸村の暴走を止められないのに。
それが、私の言葉で無茶な練習をやめてくれた。
素直なようで、なかなかひとの言うこと聞かないのだ。彼は。そんな幸村の行動が自分の言葉に感化されたときの感動は、大作と騒がれる映画を見たときの比ではないと思う。

織音はゆったりと唇に笑みを刻む。
幸村は首を傾げる。織音の心境など理解できるわけがないから、不可思議なものでも見るように、上機嫌な織音を眺めた。

手を洗いに行くように幸村に告げると、織音はバックから弁当を取り出す。
剣道場を出てすぐ近くにある水道場から幸村が戻ってきたときには、剣道場の片隅にシートを敷き、弁当を広げていた。
手を洗うついでに、汗を流すために頭から水をかぶった幸村に織音はタオルを渡す。

それを受けとった幸村は、滴る水を拭う。頭を拭く柔らかなタオルの隙間から、鋭い視線がかいま見えた。

「剣道場は飲食禁止だぞ」

「いいじゃない。こうやって汚さないようにシート敷いたんだから」

「そういう問題じゃない。道場は剣道をするためのところであって、ものを飲み食いするための場所じゃない」

剣道に真剣に取り組んでいるから、幸村の態度は真摯だった。
誰かに見られているわけじゃないからいいだろうと思うことは精神の堕落につながる。

剣道は礼を重んじる。
道場に足をふみいれる時は裸足が原則であり、頭を下げ礼をする。
道場から出るときもそれは同じであり、そうやって剣道を行う道場自体にも礼を払い大切にしているのに、そんな場所で飲食するのは気が咎める。

「食べるなら移動するぞ」

彼にしては珍しく棘のある声で織音を促す。織音はそれに驚いてすぐに弁当を片付け、シートを丸めた。

結局道場の外。
大きな下駄箱が設置されている広い玄関で食べることにした。ひんやりとした床にシートを敷き、弁当を置く。
どきどきしながら織音は幸村の顔色をうかがった。

幸村に食べてもらい美味しいと言ってもらいたい。
それもあるが、今は幸村の機嫌がなおってくれるのを緊張と不安で胸を高鳴らせながら、待っている。

「幸村の分も作ってきたから……」

一瞬、きょとんとして織音を見つめたが、幸村はすぐに笑顔になる。ありがとうと礼をいい、織音から箸を受けとった。

広げられたのは弁当箱というよりも、重箱。
ふたりで食べるには些か多い量が三段に敷き詰められている。

幸村が成長期でよく食べることを差し引いてもこの量は多すぎる。

「伊東が食べるのか?」

じいと見つめてくる視線に、織音は慌てた。
こんなに食べる大食漢とは思われたくない。
乙女の心理である。

「違うわよ!今日来るっていう幸村の知り合いの分。そのひとも男の子なんだから、結構食べるんでしょう?」

「どうだろうか……?」

記憶の中にあるかすがは、食が細そうだ。
あの目付きが鋭く他者を隔絶した少年が、大量の食事を平らげる姿など想像しにくい。

「ん〜でも、余ったら持って帰ればいいし……」

織音は作りすぎた弁当を見つめて今後の算段をしている。
その困った様子に幸村はつい、

「俺がなんとか腹に入れるさ」

安請け負いしてしまった。

織音はぱちぱちと何度も瞬きをした。潔いことばになんだか感動する。

幸村は言ったことには責任を持とうと、箸を付けるペースを早めた。

「私、ちょっとしか見てないからよく知らないんだよね。春日さんて、どんなひ
となの?」

幸村のことならなんにでも興味があった。
他の女子が知らないことを知って、幸村と他の女の子よりも近付きたいのだ。

唐揚げを飲み込んだところにかかった問いかけに、幸村は答えにくそうにううんと腕を組んだ。

「"今"のあいつはよく知らないが、"昔"は不安定で、それでも必死に頑張ろうとするから、見ていて心配になるやつだ……と佐助が言っていた」

電話してしつこいくらいに確認してきたのはかすがだ。だから自分に会いにくるのはすっかりかすがだと思いこんでいる。

「まあ、でも"今"はそれほど張り詰めた様子はないからな。話していても普通だった」

謙信のこととなると、それでも態度は一変したが。
謙信の居場所をしったときの花を振りまくような陶酔した様子は、佐助曰くさぶいぼがたつらしい。
幸村にはさっぱりわからないが。
佐助か……懐かしい。
一人のときはよくふいに思い出してしまう存在。
好敵手と思っていた伊達政宗や、現世でも世話になっているお館さまのことは確りと思い出せても、佐助のこととなると、詳しく思い出せない。
ひどくもどかしく悔しい。
なにかあたたかなものが胸のなかでじんわりと染みるように生まれるのだが、それが明確な形とならない。

「ふ〜ん」

織音は気のなさそうに頷く。平然を装いながら、僅かに目を細め注意深くうかがった。幸村の表情の変化に体の底が不意に疼く。置いていかれる焦燥に似た、内側からじくじく針で刺すように苛む痛み。
宿敵だと息を巻く“伊達政宗”や尊敬している“お館さま”を語るときと同じ、自分だけ取り残されていくような恐怖と、焦りに身が包まれる。
“佐助”。
きっと幸村にとって特別なひとなのだ。
自分にはまだ踏み込めない、“幸村の作る壁”の中にいるひと。
織音は拳を握った。
幸村にとって自分はただのクラスメイトにしかすぎない。
ただ名前を呼ぶときに、彼のこころを震わすことができない。
感情を揺さぶるような、“特別”なひとじゃない。
幸村は、きっと気付いていないだろう。
彼は、その名を何か大切な宝物を扱うように呼んでいたことに……
伊達政宗や武田信玄の名を呼ぶときは、彼らしい熱がこもっている。決意、熱意、意欲、敬意。
いつか超えるべきものとして見つめる、まっすぐな眼差し。
彼らのことを語るとき、幸村のなかには自分がいない。
目の前にいるのは自分だというのに、彼の中にあるのは、記憶の中にあるふたりの姿だけなのだ。
置いていかれる寂しさがある。
けれど、幸村の口から『佐助』の名前を聞いたときに肌を走っていったのは……
寂しさじゃなくて、嫉妬だった。
身を焼き、自分を醜く浅ましいものに変えていく、黒い感情だった。
幸村が大谷さんと一緒に居るのを見ていた頃よりも、ずっと強く湧き上がってくる感情。
ただ、名前を聞いただけの存在に、果てのない憎しみをいだいのだ。

(佐助)……

心の中でその名を忌々しく呟く。
自分の居たい位置に、既に居るそのひとに、織音は歯の奥を軋ませた。



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09.01 四既