佐助を家まで送り、かすがも自宅に向かった。

佐助が幸村に会いに行くまで、しばらくの間はしつこくそのことを繰り返すことになるな。
かすがはため息をついた。
困った友人を持ったものだ。と言いたげな表情。

佐助は『かすがはよい感じに変わった』と印象を抱いていたが、かすがは『佐助はよくない方向に変わった』と感じていた。

不安定で、佐助が危惧しているように、弱いのだ。
こころの不安や弱さが、肌を透かして見えるようである。それを無理に隠そうとしているのもわかってしまうから、余計、見ていてこちらの不安を煽る。

自分の会いたいひとのことをひとまず置き、幸村を探したのはそれが理由だ。
それをきっかけに謙信の居場所を知ったのは単なる偶然にすぎない。

かすがは、佐助が幸村に会えば今の状態が変わるのではないかと考えたのだ。

今の状態の佐助は放っておけない。生まれ変わってから、だいたいすぐに佐助と会った。五歳くらいのときだろうか。そのときはまだ、佐助に今のように不安定さがなかった。

“昔”のようにかすがをからかってわらっていた。
幼い顔立ちに似つかわしくない、いやなわらいだった。
でも、それが佐助らしい顔だった。

恐らくそのときから過去の記憶に悩まされていたと思う。
けれど、それを少なくとも外側に露呈しない“強さ”があった。

成長するにつれ……からだが女のものになるにつれ、佐助の弱さが顕著になった。
心と体の不安定さに、揺れている。
それに、前世の罪が畳み掛けるように、心の揺れに拍車をかける。

このまま何もせずに放っておいたら、水気をふくまない土のように乾いて、さらさらと砂になって消えてしまいそうだった。

それが、怖い。

いつか大切な友人を何かのはずみで失ってしまう気がした。

何も知らないものは、思春期で不安定なのだろうと言うが、かすがは違うと思う。
佐助の抱えるものはもっと深いのだ。

薄暗い道が街灯に照らされる。頼りげない明かりが、虫をよせばちばちと火花を爆ぜらせる。

空は曇り星の光も数えるほどしか見えない。

傍らを自転車に乗った後輩が通り過ぎていく。
中学は、後輩は先輩に挨拶するのが暗黙のルールなので、顔も知らないものから挨拶をうける。
運動部なのだろう。ジャージ姿がぺこりと頭を下げ、ぼそぼそとなにか言って通りすぎていった。「さようなら」とでも言ったに違いない。

家に着き家族にも顔を見せず部屋に向かう。
ベッドに倒れこむように体を預け、憂鬱な世界を拒絶するように皺がよるほどきつく目を閉じる。

昔の幸せだった記憶よりもちらちらと暗闇に浮かぶのは、佐助の姿だった。

(心配させるな……)

世話のかかるやつめ……


かすがにとって、佐助はかけがえのない大切な人なのだ。
同じ過去を共有している仲間。

だが、それ以上に幼いときからずっと一緒にいる友なのだ。
下手をすれば、謙信との記憶よりも、ずっと濃くて長い間を親しく過ごしてきた思い出がある。

(大切なのは、過去ではなくて、今だ)

昔の自分に囚われるのではなく、今の自分を楽しんでほしい。
女として生まれた自分を受け入れ、過去の辛い記憶との決別を。


(私が謙信さまに会いたいのは、もう一度あのひとと過ごして、同じものを共有したいからなんだ)
過去の記憶だけじゃなくて。
今いる自分とあの人が一緒に過ごす思い出を作りたい。

佐助にもそうやって前を向いてほしい。

自分が以前の性別と違うもので生まれてきた差を受け入れたように。
過去の記憶に縛られるのではなく、今あるものを大切にしてほしい。

(真田幸村に会えば、変わるだろうか?)

変わるといいな。

昔のように笑ってほしい。

腹立たしいような笑いかたでいいから。

無理したひしゃげた笑みなんて、見たくない。

(困ったやつを友人に持ったせいで心労が絶えないな)

こんなの、十五歳のもつ悩みじゃないだろう。

けれど、佐助が再び笑顔をとりもどせたら。

(この、苦しさは無駄じゃなかったといえるはずだ)


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09.01 四既