「忍なら主を守りたいと思うものじゃないのか?」
かすがには迷う佐助が奇異に映るのだろうか。
たったひとつのことに純粋な感情を抱く少年は、汚いものを全く知らない目で佐助をまっすぐに見つめる。
かすがは変わらない。変わった部分もあるけれど、ねっこの部分が変わらない。
昔からあるよい部分が残り、悪い部分がなくなった、という印象だ。
見ていると痛々しいほど、不安定な部分があった。
守りたいもののためにがむしゃらになって、誰も傷つけたくない優しいこころを必死に殺して、血に濡れていた。
それが今では、たったひとつのものを追いかけて輝いている。
その目に迷いなんてない。
「今は忍じゃないよ」
忍であったころの自分を忘れられずにいるのに、そんなふうに言い訳するのはただの詭弁だと自分でも思った。
だが、認めるわけにはいかない。
必死に、幸村と合わなくていい理由を探している自分がいた。
会いたい。
会いたくない。
会いたい。
会いたくない。
その狭間を漂って、会いたくない、という感情が勝つ。
「何故そんなに嫌なんだ? 女の姿を見られるのがそんなに嫌か?」
「そうだよ。旦那のことだもの。女の俺なんて受け入れてくれないよ」
違う。
ただ、見られたくないだけんだ。
弱い姿を、かつて守っていた主に見せたくないんだ。
それは佐助のなかにある、男の部分の矜持。
「そんなことはないだろう。だいたい一度は嫁をもらって子供まで作ったんだろ? 女に対する苦手意識なんて大体それで克服しているだろう。それに昔と今の自分が違うということくらい自分でも自覚しているだろ」
お前は拒まれない。だから会え。
「なんでそんなことが分かるのさ……」
「一度、会った」
かすがの一言に佐助はと体を凍らせる。
けれどそれは表面だけのことで、その内側で心臓がうるさいくらいに鳴っていた。
びくともしない佐助にかすがは語る。
「会えるなら会いたいと言っていた。私がお前のことを知っているのは伏せておいた。女に生まれ変わっていると説明するのが面倒だったしな」
なんとか佐助は笑ってみせる。乾いた、白々しい笑い声が漏れた。
明らかに動揺しているのが分かる。
「ふうん。かすがが男と知って驚いてた?」
「驚いていた。でもそれだけだ。謙信さまを探していると言ったらその高校にいると教えてくれたのがあいつだ」
カランと、ジュースに入っていた氷が音をたてた。佐助はジュースで唇を湿らせる。
味なんてわからない。ただ、冷たく喉を通りすぎる液体が、追い詰められたように熱くなる体にとても心地よかった。
「暑苦しいのは相変わらずだった。あいつの前世の記憶で強烈なのは宿敵のことだけだ」
あれほど尊敬していたのに、なぜか鮮明に思いだせない。
申し訳ないとおもうけれど、この身に焼きつくように染み付いているのは、宿敵と対するときの高揚。
胸を焦がす、競り合いの熱さ。
血が沸きあがる、虎と竜の咆哮。
睨みあう瞬間の火花。
武器をぶつけあう脈動。
鮮やかに魂に記憶されているのは、ただそれだけなのだ。
「話を聞いてお前と似たようなものだと思った」
「だからって、会わなきゃならない理由にはならないよ」
佐助の反論をかすがは無視する。
「信玄公とはとっくの昔に会っているらしい。だから、スポーツ推薦を蹴って一期試験で信玄公のいる高校を受験したそうだ」
昔の記憶の中では薄れているけれど、
生きてきたなかで尊敬するひととのたくさんの思い出がある。
そうやって今の記憶を積み重ねていくことが大事なのだと俺は思う。
「そういう風に言った人間が、女だからという理由で、かつての部下を拒むとは思えない」
曇りのない目でじっと見つめられる。
今更違うとはいえない。
喉の奥で、言葉が引っかかる。
違うんだ。
拒まれるかもしれないと思うと確かに怖い。
だけど、本当は。
旦那にこんな自分を見られるのがいやなだけなんだ、て。
弱い自分を見られるのが恥ずかしいだけなんだ、て。
いえない自分が悔しい。
言葉にできない想いが胸のなかに溜まって、吐き出せない感情に体がまた熱くなる。
かすがは責めるつもりはないのに、まるで自分は追い詰められるような気がしてしまって、佐助は喉でひっかかる息を無理矢理のみこんだ。
襲ってくる緊張や不安といった感情にまた目尻が滲みだす。
「……なんでこの程度で泣くんだ!?」
「お、俺だって泣きたくて泣いてるんじゃない! 勝手にでてくるんだ!」
「だったら止めろ。まるで私が泣かしているみたいじゃないか」
かすがは目に見えてあわてる。清潔なハンカチを取り出し、佐助に押し付けた。
佐助は受け取ったハンカチで涙を拭く。
ちょっとしたことで泣いてしまった気まずさに涙が止まった後も顔を上げられない。
ずっと隠していた自分の弱さの片鱗を見られてしまって、その羞恥に顔が赤くなる。
「……ありがと。洗って返すね」
「別にいい。気にするな」
かすがは動揺を引きずり、佐助を直視できない。なによりまた泣かれたら困る。
頬杖をつき、視線を落としている。
「佐助。やはりお前は、あいつにあったほうがいい」
「なんでさ」
「とにかく会え。同じ高校に通えとは言わない。だけど、一度は会ってこい」
なんで俺がそんないうこと聞かなきゃいけないんだ。
佐助は反論したかったが、かすがの勢いに飲まれ、ついうんと頷いてしまった。
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09.01 四既