片道の切符を買ってポケットにいれた。
電車を利用する機会は少ないから、これでいいのかとはらはらしながら行き先を示す看板を見つめる。
初めて佐助に自分から会いに行く。昂奮で体が熱くなる。北から吹き付ける冷たい風すら気にならない。
まだ青い空を見上げる。西の空の端はすこし暗かった。もう少したてば日が落ちる。佐助の住む町につくころには日が沈んでいるだろう。
大気はきんと冷えているだけで、雪が降る気配はない。
それをすこし残念に思いながら、幸村は電車が来るのを待った。幸村はクリスチャンでもないが、大多数の日本人と変わらず、イベント事は好きなのだ。せっかくのクリスマスだから綺麗な雪景色を見たいと思った。
空から視線を戻し、時計と時刻表を見比べる。
電車が来るまで、あと五分。
その五分がとても待ち遠しい。
(佐助は驚くだろうな)
今日はクリスマス・イヴ。
授業が終わったあと、いつもは剣道場で剣道の練習をして帰るのだが今日は剣道場に足を運ばず、まっすぐに駅に向かった。
練習を休むことにすこし抵抗があったが、家に帰ってから休んだ分を取り戻すくらい筋トレを励めばいいと自分に言い聞かせた。
佐助になんの連絡もいれず、会いに行くつもりなのだ。クリスマスだから会いにきたと理由を言って(本当はただ会いたいだけなのだ)、プレゼントを渡す(会いにいく名目がクリスマスなのだから一応プレゼントは必要と考えて)。
佐助は驚くだろう。そして勝手に会いにきた自分にすこしだけ怒って、呆れたような笑みを見せて自分を迎えてくれる。
そんな光景を思い浮かべて、くちもとが緩んだ。
平日だからそう長い時間は一緒にいられないだろうけれど、クリスマスに一緒に時間を過ごすということがなんだか特別なものに思えたから、それは気にしなかった。
友達や家族と過ごすよりも、たとえそれが短い間であっても素晴らしい時間になるはずだ。
目的地に着くのは五時ころだろうか。
幸村はちらちらとホームにある時計を見やる。
アナウンスが聞こえてきて、はやくはやくと心が急いた。
音をたててやっときた電車に素早く乗り込む。
幸村が見る限り、田舎のせいか降りるひとも乗るひとも少なかった。寂しげな光景に一瞬寒さが増したように思えたが、暖房のきいた電車のなかのにはいるとその感覚も薄れた。
乗った車両は閑散としていて、座っているひとはぽつぽつと数えられるほどしかいなかった。
幸村は適当な席につく。時刻表を確かめ時間を調べる。佐助が暮らしている町につくまで一時間。
(一時間か……)
一週間ずっと会わずに過ごして我慢できたのに、その一時間が耐えられないくらい果てしなく長く感じた。
電車のなかの暖かい空気とゆるやかな揺れで眠ってしまうかもしれないと思ったが佐助に会う楽しみと高揚で眠気は吹き飛び、目は冴えていた。
やけにゆっくりと目的地にたどりついた気がする。
電車から降りた瞬間つめたい風が吹きつけたがそんなものを気にする幸村ではなかった。
駅のホームから出た幸村を迎えたのは、クリスマスを祝う町の華やかなネオン。
佐助の言っていたとおり幸村が住んでいる場所よりもずっとにぎやかだった。
駅前の商店街は煌々と灯りが輝いている。その下で暖かな湯気の立ち上る肉まんやおでんを食べる学生の姿がある。
そこから視線を外し、見慣れない町並みの道を強い眼差しで見つめる。初めてきた町で迷うかもしれないという不安を一切感じさせない。
何故ならば……
「丁度。時間通りだな」
凛と響く声が幸村の耳に届いた。変声期を過ぎてもまだすこしたかく聞こえるアルト声は電話越しで何度も聞いた少年のもの。
その声に幸村は勢いよく振り返る。金色の髪の少年が寒さですこし鼻を赤くしてこちらをじっと見つめている。
「かすが」
ちゃんと出会うと約束していたとは言え、ほっとする。幸村は笑みを深めた。思わずつられて笑みを浮かべたくなるような屈託の表情だった。
幸村は佐助と約束をしていないかわりに、かすがに連絡を取り付けていたのだ。
かすがなら佐助のケータイのアドレスをしているからすぐに連絡がつく。何処にいるかもすぐにわかるし、そこに幸村を案内できる。
「久しぶりだな」
「そうだな」
幸村の言葉にかすがは頷く。
電話で会話は何回かしたが、実際に会うのはだいたい三ヶ月ぶりだろうか。
秋の涼しげな季節に再開したのに、今ではもう冬だ。
時がたつのは本当に早い。
幸村と佐助を引き合わせた張本人は、しれっとした顔ですこしまえを懐かしんでいる。
「で、佐助は? 今日は何処にいるのだ?」
「家だ。この時期はあの家は家族でクリスマスパーティーを開くのが恒例なんだ」
幼馴染なので佐助の家をよく知っている。
この時間帯だと、料理を作りながら父親の帰宅を待っているころだろう。
……女の格好で。
かすがは佐助が幸村に自分の性別を隠していているのを、もちろん知っている。
まだ佐助が性別を隠し通していることも、わかっている。
しかし、かすがは幸村を佐助の家に案内する。
(ずっと隠しとおせるものじゃない)
このままずるずると幸村に秘密にしていて、いざ言わなければならないときに佐助は逃げてしまうような気がするのだ。
それらしい理由を作って。自分のために言い訳して。幸村にずっと嘘をついて。そしてまた自分を傷つける。嫌いになる。ひどく落ち込んで、また暗い顔をするんだ。
いつか自分で言う。佐助はそういっていたが、かすがはそうは思えなかった。
(受験でわざと名前を書かなかったり、仮に進学が決まってもなにか言い訳して違う学校に行くといったりしそうだ)
佐助のことはよくわかっている。プライドが高くて自分の卑怯な部分が嫌いなくせに、卑怯なのだ。
だから、幸村が佐助に黙って会いにいきたいといったとき素直に協力した。
10.10 四既