考えているこんでうちに家に帰りついた。
玄関を開けると、外よりもすこしだけあたたかい風が流れてくる。
外と中の温度差にほっとする。暖房であたためられたリビングのソファにすわり、ほっと息をつく。
「お帰りなさい。不良娘」
「ただいま。て不良ってなんだよ」
「受験前に遊び歩いているような娘なんて不良で十分よ」
帰ってきた佐助に早々軽口を叩き、エプロンでぬれた手を拭く母親が現れた。夕食の準備をしていたのだろう。
家族団欒に使われるリビングと母の聖域ともいえる台所はつながっている作りになっている。
佐助がふりむけば、台所はすぐそこにある。
こぎれいに整頓されている台所のコンロで火をかけられた鍋が湯気をふいていた。
「勉強だってちゃんとしているんだからいいでしょ」
母親に反論すると、ちゃんと合格した訂正してあげるわよ。となんともすげない返事がかえってきた。
ぶつぶつとつぶやき、口が回る母に不平をもらす。
しかし、その口元は楽しげだ。
こうやって、だれかと一緒にいるときはいい。
最初から存在していないかのように悪夢を忘れられるから。
佐助は甘いココアを飲み人心地つくと、お風呂にむかった。
その間に、じわじわと虫が這い上がるように不快感がせり上がる。
ひとりになるその静けさに、怨嗟とともに闇の気配が背後から忍よるように佐助の過去が蘇る。
苦痛に歪む顔と、
何があったのか理解できぬままに固まった顔と、
無念を語る顔と、
憎悪に染まる顔と、
嘆きや悲しみ。怒りの顔が、佐助を責めるように見つめてきて、声が重なりすぎてまったく理解することのできない雑音のような、けれど心臓を凍らすような冷たい声が幾重にも響いてくる。
底冷えするような寒さが、全身を駆け巡る。まるで自分が凍ってしまったかのようだ。
迫る呪詛は己の過去が生み出す想像の産物とは思えぬほど佐助のこころを押しつぶす。
佐助は顔を青くして耳を塞ぎその場にしゃがみこんだ。
自分を包み込む圧倒する“昔”の記憶は、以前よりもずっとずっと濃厚になった気がする。
たかが『記憶』なはずなのに、まるで今現実に見ているかのように佐助の眼前で繰り広げられる。
この手で、何度も何度も奪った命の感覚が、吐き気がこみ上げるくらい強く深く蘇り刻みこまれる。
「……逃げないって決めたでしょ」
佐助は自分に言い聞かせる。
逃げないって。
今を生きるって。
過去じゃなくて、
今の自分を大事にして、昔のことは引きずらないようにするんだ。
前に踏みだすんだ。
<<前へ 次へ>>
かすがは自分が男であることを受け入れ、前向きに生き、忍としてのかつての自分ではなく“今”の自分を大切に生きることを選んでいる。
幸村も、“昔”の記憶もあるけど、それ以上に大事なのは“今”だと思っている。
佐助だけが、“今”の自分よりも“昔”の自分のほうがよかったと思っていて、前に進めない。みんなが前向きにいきてるのに自分だけ後ろ向きな劣等感、疎外感、おいていかれたような寂しさ。どこかそれに妬む気持ちが混じり、そんな自分を責める罪悪感からまた落ち込み、感情が暗くなり、過去の自分の罪を思いだす。
佐助のなかでみんなに対するねたましさがますほど、佐助の見る幻はリアルになっていく。
それは無意識に自分を責める気持ちや罪悪感がさせている。
醜い感情を抱く自分なんて苦しめばいい。
自虐的なうえに、それに無意識だから性質が悪い。
で、自分の見せる幻に落ち込む。
こうやって幻にいちいち嫌になって弱くなるのは自分が女だからと、また“今”の自分がいやになる。
そんな抜けられない無限ループ。