ひとり家路に着く幸村の胸中は虚しい。
佐助以上に早く会いたいと切望している。
(たまには電車一本時間をずらしてくれたっていいではないか)
受験勉強中、無理をして会いに来てもらっていると思うと口には出せないが、心の中で何度も念仏のように唱えている。
佐助はそれを全く察してくれない。
何も言わずとも幸村の言いたいことを意に汲んでくれていた昔とは大違いだ。
「む。我が儘は言ってはならぬな……」
佐助の大変な状況も考えずふてくされるなんて男らしくない。
己を戒めるのは立派であるが、ぶつぶつと独り言を繰り返す様子は少し不気味だ。
それを見ているものは誰もいないからいいのかもしれないが。
ひゅうと冷たい風が幸村を打つ。マフラーは佐助に渡したままなので、首もとが寒い。
次に佐助が会いに来てくれるのは何時だろう。
待っているだけというのはとても辛い。
また二週間後くらいに来るのかな。
それまではまた佐助がいない寂しい満たされない日々を過ごすのか。
(早く高校に通いたい……)
佐助がまだ幸村と同じ高校の入学が決定したわけでもないのに、すっかり高校は佐助と行けるものだと思いこんでいる。
毎日のように佐助と会えると思うだけで、桜咲く季節が待ちどおしい。
(同じ部活に入れば、放課後も休みの日も一緒だな)
でも、そこまで望むのは欲張り過ぎるか。
(佐助だって入りたい部活もあるだろうしな)
あのか細い体で剣道をやる姿はあまり想像できないし。
佐助を相手に稽古に励む己の姿を考えるのも無理だ。
きっと入部したての一年生を相手するように戸惑う。
「佐助にあいそうなのは……陸上部か?」
今の佐助が昔のように俊足を誇っているのか知らないが。
幸村の印象から言えばそれが一番あう。
けれどそれは体育系の部活に限った場合。
「合唱部も似合うかもな。声が綺麗だったし」
声変わりがまだ来ていないあまり少年らしくないアルト声は、心地よく幸村の耳に響く。
あれで音痴だったら笑えるな、とくすくすと笑う。
ふ、と一瞬で幸村の笑みがかげる。
(早く佐助に会いたい)
考えれば考えるほど、会いたいという欲求は増していく。
何故だろう、ぎゅっと胸が締め付けられて、苦しくなる。
剣道に打ち込みすぎて気絶寸前のときのように頭がくらくらして、熱い。
会いたい会いたい会いたい。
熱病のように熱いからだが佐助を求めてやまない。主であった時代の性がでて、無理矢理にでも縛りつけて傍にとどめておきたくなる。
忘れていた乱暴で横暴な、冷徹で冷酷な戦の申し子と呼ばれた虎の性が。
牙を剥いて幸村を支配しそうになる。
佐助が離れていく瞬間にそれは最も強く存在を誇示し、制御が難しいそれを幸村は必死に押さえつける。
「行くな」
その言葉を何度も封じ込んで、消えていく背中を抱きしめたくなる腕を、気力を振り絞り脇につけた。
“昔”、俺は佐助を喪ってしまったから、佐助の背を見送るだけでこんなにも度し難い獣のようなものを飼っているのだろうか。
自分が死んだ状況だとか佐助が死んだ理由だとかは詳しく思い出すことができない。
けれど、言葉という形にならないだけで、魂には刻まれているのかもしれない。
自分はきっと、佐助を見送りそのあとなにも出来ないまま大切な友を失ってしまったのだろう。
それがトラウマになって、俺は普通に佐助を見ることが出来ない。
ずっとそばに置きたくなる。
そう思うしか、こんな感情が生まれる理由に説明できない。
全ては推測に過ぎないのだけれど。
だってそれ以外にどんな理由が考えられるんだ?
幸村は自分自身に問うた。
やはりそれ以外に、自分が納得できる答えが思い浮かばない。
佐助を考えないようにすれば、こんなに苦しさを覚えなくてすむのか?
(それは無理だ)
思いついたひとつの案に、すぐに首を振った。
佐助の存在を思考の端においやることなどできないのだ。
家に着くと幸村が佐助送ってきている間に兄の信幸が帰ってきていた。
「お。お帰り、幸村。さっき電話あったぞ」
もしかして佐助から?と胸を弾ませる。
さきほど別れたばかりの佐助から電話がかかってくる可能性なんて低い。だが、つい期待してしまうのは人の心理だ。
「誰からっ?」
平静を装おうとして、つい声が上ずった。
その反応に信幸はにやりと唇の端を歪めた。
「ふうん。その様子だと彼女か? 女の子から。伊東っていってたな」
信幸は幸村を小突いて電話の子機を渡す。
「帰ってきたら電話してほしいって言っていたぞ。最近やけに電話しているときにやにやしていると思ったらそういうわけか」
兄が口にした名前に幸村はなんだと肩を落とした。
「何時の間に彼女なんて出来たんだ?」
落胆する幸村に気付かず、信幸は反抗期の難しい年頃であることをまったく感じさせないあかるさで幸村の肩に腕を回す。
弟に彼女ができたことに興味津々だ。普段はそれなりにきりりと引き締まった表情が少年らしく輝いている。
「……ん、幸村?」
ようやく弟が、自分が思っていたように舞い上がっていないことを理解したようだ。ひやかしても無反応だ。目を丸めて、不思議そうに幸村を見つめる。
「なんだ。嬉しくないのか?」
「なんでただの友達からかかってきた電話によろこばなきゃならないんだ?」
幸村はそっけない態度で兄をあしらう。
それをいうと佐助だっていまのところ幸村にとって、ただの友達というくくりに分類されているわけだが、彼はそれを矛盾とおもっていないらしい。
意外にも冷めた弟の態度に拍子抜けする。なんだ、せっかくかわいい弟をからかうネタにしてやろうとしていたのに。
そんな兄を尻目に、幸村はクラスの連絡網を引っ張り出して、伊東織音の自宅の電話番号を探した。
携帯電話の番号も教えてもらっていた気がするが、幸村にはこちらのほうがてっとりばやいのである。
織音の自宅に電話をかけると、その家族が最初にでた。織音に取り次ぎを頼むと、しばらくして少女のあわてた声が受話器越しに響いた。
『ごめん。電話させちゃって』
「ん、かまわない。電話してきたのだから用件があるのだろう?どうしたんだ?」
『そろそろクリスマスでしょ。みんなでクリスマスパーティーしないかって話になったの。受験が近くてそれどころじゃないひとがいるけど、息抜きにいいんじゃないかって。幸村はどう?参加しない?』
いつもより昂奮して弾んだ声が聞こえてくる。織音の誘いに幸村はカレンダーを見ながら逡巡する。
日程は24日。クリスマス・イヴに決行予定。
「平日だな……」
『そ。学校帰りにケーキ買って、カラオケに持ち込みしてみんなで食べるの。二時間くらいで終わるってさ』
プレゼント交換はお金がかかるし不平等になるかもしれないからなしね。
あ、でも渡したいひとがいる場合はもってきて個人的にあげていいって。
ケーキ代やお菓子代、ジュース代はみんなで割り勘。予算は未定。
織音は聞いてもいないことをまくしたてる。
いつもより勢いのいい話し方に、熱でもあるのだろうかと幸村は少し心配になった。
『どう、幸村も参加しない?クラスのみんなとの思い出作りにさ』
「いや……俺はいい」
幸村は誘いを断った。クラスメイトとの思い出なら十分すぎるほどに残っている。
それに……
クリスマス・イヴか……
クラスメイトと一緒に過ごすよりも佐助と一緒がいい。
『……そ、そう。残念だな。……あ、幸村。この話学校では内緒にしててね。先生たちに聞かれたら受験生がなにやってるんだって怒られるから』
「ああ、わかった。それじゃあ」
『それじゃあ、また明日』
幸村は電話を静かに切った。
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好きっていうことに気付けば解決することが、気付かないから解決しない。
10.01 四既