強い決心を胸に秘め、きゅっと拳を握りしめた。
佐助は傍らにいる幸村に笑みを見せた。
「こっちに来たら俺の好きな場所案内するよ。旦那の住んでるとこよりはいろいろあるよ」
からかうようなものいいに、幸村の大きな手が佐助の髪をがしがしと乱す。
「田舎よばわりするなっ」
「してないって!」
冬の寒さを吹き飛ばすような快活な笑い声がひと通りの少ない道を一瞬だけ明るく照らした。
笑い声が途絶えると、冬の冷たい空気がふたりをおし包む。
全身をゆるゆると染み凍らせていくような寒さに、を佐助はふるりと体を震わした。
みかねた幸村は佐助に、自分のマフラーを押し付ける。
「受験前なんだから風邪をひいたら困るだろう」
「いい大丈夫だって」
佐助は拒むが、幸村は有無をいわさずマフラーをぐるぐると首に巻いた。
すっぽりと暖かいマフラーにくるまれて、佐助は少し呆れた。
達成感に満ちた顔で見下ろしてくる幸村を見つめて、吹き出す。
気むずかしい顔が崩れて、佐助はくつくつと喉を鳴らした。
「かっこいー男の子になっちゃって」
自分の知らない十五年の月日の間に幸村は格好いい男の子になった。
昔ならマフラーなんて渡さず、寒いのは気合いが足りないのだと無茶苦茶な言動で佐助を振り回している。
それが懐かしく、嬉しく、少しだけなんだか悲しい。
ちくりと痛くなった部分に思わず手を重ねて、ぎゅっと握りしめた。
変わったのは当たり前。
自分の知っている子供のような彼ではないのだ。
複雑な心境の佐助の言葉に、幸村はただ単純に受取り顔を赤くして照れた。
ひとに褒められると、きはずかしいような擽ったいような気分になる。
佐助が本心から言っているのがわかるから、尚更だ。
が。佐助の言動がどうも姉や母が弟や息子の成長を喜ぶようなもので、素直に喜びたくはない。なのに、体と顔は馬鹿みたいに正直だ。
他の誰かにかっこいいと言われたとき以上に、佐助に言われると妙に心臓が鳴る。
体が熱くなって、佐助を正視できなくなる。
けれど、それと同時にずっとみていたいと思うのだ。
幸村は理解し難い不可思議な感情に眉を寄せ困惑する。
持て余してしまう熱さと、理解できない感情の渦に胸をかきむしりたくなるようなもどかしさを覚えた
「旦那?」
うつむく幸村の顔を不思議そうに除きこむ。間近に迫った佐助の繊細な顔立ちに、幸村は心拍数が跳ね上がった。
佐助は幸村の眉間にそっと指をのばしてくる。
細い指が触れた瞬間、指先が触れた場所が灼けつきそうなくらい熱くなった。
「すっごい顔してるよ」
愉快そうに笑い、二本の指で皺をのばしてくる。
「な、あっ佐助っ」
寄せてくる顔をもっと近付けたい。指だけじゃなくてもっと触れて欲しい。
欲求が沸き上がり、幸村を中から攻めたてた。
佐助の華奢な体が自分と同じ男のものと思えず、か弱い少女めいて見える。
いや、だからなぜそうなる。
何故抱き締めたいと欲望を抱く。
なんだか自分の抱えるものがやましいものばかりで、幸村は綺麗な目で見つめてくる佐助から目をそらした。
「旦那?」
不可解な態度の幸村に、佐助は首を傾げた。
その些細な仕草が煩雑な男のものにはとても見えなくて、また緊張してしまうのだ。
生まれかわりでひとが変わってしまうのは当たりまえだ。
幸村はそれを分かっていても、佐助の以前との違いに妙に緊張する。
「早く家に行こう。外は寒いから」
幸村は足早に歩く。コンパスが幸村より短い佐助は、小走りでそれを追う。
佐助の歩調にあわせることにまで気が回らない幸村は、佐助の早くなった息遣いに気付かずじっと下を向いて歩いた。
冷たく吹き付ける木枯らしに熱くなる頬をなぶられ、ほっとする。この風が熱く猛る体の熱を、全て奪ってくれればいいのに。
背後から短い悲鳴と、がしゃんとものを打ち付ける音が聞こえて、幸村は慌てて振り返った。
「佐助っ!?」
コンクリートの地面に掌と膝をつき、転んだ痛みに顔を少し歪ませていた。
「大丈夫かっ!?」
「ん、転んだだけだから大丈夫だよ」
佐助は異様に心配する幸村に苦笑いを向け、膝を立ててすぐに立ち上がる。
「血が出ているではないか」
コンクリートで転んだとき特有の裂傷が反射的に最初にでた右の手に残っている。それほど血が流れているわけではない。しかし幸村は大げさすぎるほど佐助を案じる。
「このくらい平気だって」
転んですぐ泣きだすような子供でもないし、我慢できないくらい痛いわけでもない。
ジーパンをはいている膝も皮膚が布ごしに擦れたせいかじんじんと痛むが、皮が少しむけたくらいだろう。気にするほどのことでもない。
佐助は気にするなと笑みをつくり、筆記用具や受験対策の参考書が入っているカバンを持ち直した。
話に夢中になって勉強が進んだためしはないが、教科書を一応毎回持ってきている。数は一冊しか入っていないが、その一冊自体がかなりの厚さのため重みがある。
幸村はまずそれを佐助の手からとろうとする。
カバンのベルトを幸村の手にひっぱられ、
「何?」
胡乱な目で睨みつけた。
「持つ」
端的に幸村は告げる。
佐助はカバンを引っ張った。
「そんなことする必要ないっ」
余計な気遣いは無用だ。
子犬が牙をむくようににらみつける。佐助の三白眼に一瞬ひるむ幸村であったが、すぐに表情をあらためる。
「このくらいはさせろ」
佐助が弱い子供のような顔ではない。
しっかりと目を見据える少年らしさを越えた大人びた男の顔だ。
佐助を静かに見下ろす目には佐助の抵抗を封じる強さがあった。
誇示したり押し付けたりするような強さではなく、包み込むような優しさを感じさせる強さだった。
その瞳に見つめられた佐助は一瞬言葉をうしなった。
格好良くなったとか優しくなったとか、そんな軽口すら滑らない。
体中の血が激しく脈打ち、心臓は己の耳に届くほど激しく鼓動を繰り返す。
喉の奥が乾いて唾を飲み込み湿らせた。
驚きで見開いた目がちかちかと痛くなる。
(なんで……そんな顔するんだよ)
男の顔をするんだよ。
(なんで、俺にそんな顔みせるんだよ……)
抱いたのは嫉妬だった。
男にもなれない、ただの少女としても生きられない、なりそこないの抱く醜い嫉妬だった。
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