佐助は受験勉強の合間を縫っては、幸村に会いに来てくれる。
来年の春、同じ学校に通うために、勉強が忙しいのはわかっている。

しかし、幸村はなるべく長い時間を佐助と共にいたかった。
幸村と同じ高校を受ける目標を定めた佐助は、以前よりも必死に勉強していた。
模擬試験の成績も徐々に上がり始め、まだ結果は帰ってきていないが、少し前に行ったテストでは、志望校の合格レベルに十分に達した自信があった。
本番の試験まで、あと一ヶ月。



日曜日はだいたい家を開ける佐助に、遊ぶ余裕なんてないだろうと母親は渋っているが、はったりではなく自信満々に絶対受かると宣言されては、口を挟む余地がなくなる。
それで落ちたら滑り止めの高校に入ってから暫く小遣い抜きと冗談半分に脅していた。
母親は佐助の意思を曲げぬ態度に諦めているようだった。

体を冷やす冷たい風を感じる。十二月の風は、肌に刺すように冷たい。
そろそろ初雪が来てもおかしくない頃だ。
雪が降ったらまた一段と寒くなるだろう。

連絡はいつも佐助から寄越す。
三、四日前に連絡を入れてくる。大抵は日曜に佐助は訪れる。
その日は滅多なことがない限り予定は入れないようにしている。

毎回の電車の往復分の馬鹿にならない金額を考えて、幸村から会いに行くことを提案しても、佐助は首を振らない。

「旦那が、俺の帰る場所だから。旦那が俺のところに来るよりも、俺が会いに行ったほうがしっくりくる」

"昔"は佐助の行く先も知らず、ただ待つことしかできなかった。
しかし今は、自分から会いにいける手段を持っている。
昔を倣うことでもあるまい。幸村はそう思うのに、佐助は首を縦に振らない。
その底に、『忍ごときが主に手を煩わせてはならない』という古く馬鹿な思惑がある気がして、幸村は唇を噛む。

昔と変わった部分は沢山ある。例えば身長だったり、ふとした瞬間の仕草や表情だったり。
感情も昔よりはっきりと外に出る。
だが、変わらない部分が根底にある気がした。
主だとか、忍だとか。
縛りつけるものは何もないというのに、わざわざその型に嵌ろうとしている節がある。

「次は俺から会いに行くからな」

反論を許さない強い口調で告げた。佐助は目をまるめる。

「だからいいってば。俺が旦那に会いに行くよ。それが楽しみなんだから」

佐助は頑として譲ろうとしない。だが、幸村も一度決めたらなかなか引かない性分である。

「俺だって佐助に会いにいく楽しみがほしい」

きつく反論を許さぬ眼差しで断言する。佐助は眉を下げ、口をへの字に曲げた。承服しかねるというのをありありと物語る顔だ。
絶対に嫌だと言葉にしなくても目が言っている。佐助がそんな顔をしようとも、幸村も意見を曲げない。結局、幸村に甘い佐助が先に折れた。
コートの裾を寄せ、悔しそうな顔を隠しぶつぶつと何事かを言っている。

「分かった。来てもいいけど、受験が終わってからだからね」

小さく幸村に告げる。それが佐助の最低限の譲歩なのだと思い、幸村はうんと首を縦にふった。
にこにこと上機嫌に佐助を見つめる。
彼は、佐助の受験が終わったら、毎週、佐助のもとに行くつもりでいる。今は受験の前だから幸村が望むほど頻繁に会えないが、佐助の受験が終わったら気兼ねする必要はない。
高校が始まるまで暫く時間がある。それまで会うのを我慢できるほど、幸村は佐助に関してこらえ性がなかった。


佐助が幸村に自分の地元に来てほしくない理由は、もちろん幸村が思っているようなものではない。
多少、自分よりも幸村を優先するきらいがあるが、昔を引きずってというよりも、“今”の佐助がそうしたいと思っているだけである。
主従というよりも、母がかわいい子に逆らえないといった態だ。
親がわざわざ子供の財布を削らせようとはしない心理に酷く似ている。

だがそれ以上に、佐助は幸村に自分の性別がばれる危険性が格段にあがる地元に来てはほしくなかったのだ。
知り合いにすれ違ったら、幸村のことを彼氏などと囃されそうだし、少年のような格好をしていることにも口を挟まれそうだ。

それがきっかけに女だと幸村に知られたくない。まだ……

同じ学校に行くことになれば、いずればれるのだから、腹はくくったほうがいい。
佐助はそう思いはしても、まだ腹をくくれなかった。

今はまだ、同性同士の友人という立ち場でいたいのだ。
伊東という少女と一緒にいたことで、彼は昔のように女性に対する苦手意識は持っていないことはわかった。自分が女と知っても驚きはしても、嫌悪はしない……と思う。

(でも、まだ知られたくない)

今はまだ……この体が女性と幸村が知るのはもっと後がいい。

弱くなくなってから。

(俺の弱さが強さに変わるまで)

たかだか数ヶ月でひとが変わることができるとは思わないけれど。

(自分が女であるということを認められて。
かすがや旦那みたいに、“昔”じゃなくて、“今”を見つめられるようになれたならば)

そのときこそ、自分の真実を幸村に話したい。

幸村との出会いは、かすがの願い通り佐助を前向きに生きるための力となった。
佐助は寒がるふりをして、己の体をぎゅっと抱きしめた。

弱さを超え、辛い過去を捨てて、“今”を生きる強さを求めて歩もう。


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09.13 四既