「さ……すけ?」

薬でくらくらする頭。けれど大切な人をぼんやりとした視界に入れて、はっとする。

「さすけっ」

まず目に入ったのは佐助の顔。で、下に視線を落とすと武骨な手。
全体を視界に納めると、幸村の"大切なお姫さま"が、胸ぐらを捕まれ"気絶"(しているように幸村にみえた)していた。

その時幸村の脳裏を巡ったのは、自分を無理矢理寝かした男たちは、その間に佐助に襲いかかり、佐助が気絶するほどの酷い暴力を振るったのではないかという、激しい勘違いだ。

途中までは当たっている。しかし佐助は彼らを見事返り打ちにし、不覚を取ったあとも運良く助かり、痛い目を見ていない。

だが、眠っていた幸村に、そんなことが分かるはずがない。








「……貴様ら」









その声は地獄から響いてくるかのように、低く冷たいものをおびていた。








三年の某男子は、後々にこの恐怖を語る。







『俺は、赤い鬼を見た』







幸村の目に、暗い炎がともっていた。それは、周囲の空気を紅連に変え、幸村の周りを炎が包んでいるかのような錯覚を見せた。

「その手を離せ、下衆が」

憧れの"姫"の口から自分に向けられた恐ろしい言葉が信じられず、少年は幸村の"命令"に従うことが出来なかった。

上目で己に向けられるものは、空想していたかわいらしいものとは真逆の"鬼の目"。

睫毛にかげる瞳は静かであるが、その静寂さこそが、少年たちに恐ろしさを与えた。

元親も呆気に取られて見ている。

一体"これ"の何処が"姫"なのだ。

元親には一匹の獣にみえた。

鬼だとキャラが被るから。

(奴は虎だな……)

意地でも鬼とは思いたくないらしい。

そして"虎"の力は如何なく発揮された。

幸村の手が、佐助を掴む少年の腕を万力のようにしめあげる。少年はその痛みに耐えきれず、悲鳴をあげ、佐助の胸ぐらを掴んでいた手を離した。幸村は崩れおちる佐助を素早く支え、抱きあげた。

確かめるように佐助の顔の顔をのぞき込み、無事であることを確認し。

「佐助、よかった……」

虎の皮を脱ぎ捨て、人に戻り。
目尻に涙をため、眠る佐助の頬に、自分の頬をすりよせた。

安堵したためか、幸村は口元に笑みを刻んだ。

その、笑みに、この場にいたもの全てが飲まれる。

真田幸村という少年。その全てを現している笑みに。

(こりゃあ)

元親は嘆息する。

(惹かれてあたり前だ)

それは光のように輝き、炎のように照らしていた。


それに、人は。



虫が光に集い、炎に惹かれて燃やし尽されるように。




死してもその光が欲しいと惹かれてしまう。





(この騒動……終わらねえなあ)

元親には確固たる自信があった。

虎のように狂暴な一面を見せても、幸村は彼等を惹きつける。
その証拠のように、幸村によって苦痛を味わった少年すら、その笑みに見入っている。





(こりゃ、しばらくあきねえなあ)

忙しくなる。と、身を引き締めるその片隅で、それを楽しんでいる自分がいた。

ただひとつ。

猿飛佐助のことが元親の心を嫌にざわめかせる。

昔の忘れたはずの記憶を思い出しそうになって、元親は頭を振る。


『センパイ!センパイ!佐助センパイ!』

今の自分よりも高い声が、脳裏に響く。

無力だったあの頃がぐるぐると頭の中を巡りだし、元親は目を瞑った。

(俺はあの時とは違う)

真田幸村を中心にして、これから起こるであろう騒動からきっと"センパイ"を守れる。

一体何故、"センパイ"がここにいるかは分からないが。

もしかしたらこれは、"あの時の罪"償うために神様が与えてくれたチャンスなのかもしれない。

俺は、何があっても"センパイ"を守れる強さは手に入れたはずだ。

*****

教室に居たもの。それと屋上で佐助に倒されたもの。

彼らはそろって謹慎処分を受けたらしい。

暴れまくった佐助はというと、"その場にいたと証明できるものが何もないので"お咎めなし、となった。

「佐助っ弁当はやく!」

「はいはい」

あの一件以来変わったこと、それは佐助が幸村の分の弁当を作るようになったことだろう。

一人で買い物に行かせて危険な目に合わせた負い目があるのか、離れないようにしておけば幸村がいらない騒ぎに巻き込まれることはないと、彼を心配してのことなのか。

それは佐助にしか分からないことだ。

しかし幸村にとっては、どういう考えで自分の分の弁当を作ってくれるようになったかはどうでもいいのだ。

結局は、幸村のためを思ってしていることに、変わりはないのだから。

「佐助の作るものは本当にうまいな!」

「ありがと。姫」

料理の味を褒められてはにかむ佐助に、また幸村は笑みを刻む。





王子さまになりたいお姫さまは、自分にとって"大切な姫"の手料理にようやくありつけました。

はてさて。お姫さまと、"大切な姫"の関係は一体どうなることやら。





それはまた次回をおたのしみに。




おわり


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