自業自得


同僚の部下は大の甘味好きである。
それが発覚して以来、元親の楽しみに一日一回の同僚の部下の餌付けが加わった。
甘味を与えるときの子供のように屈託ない笑みを見るのがなによりも楽しい。
軍の人間のほとんどは内面が屈折していたり歪んでいたり、一緒にいて不快になるものたちばかりだ。
そんななか、幸村の裏表のない笑みを見るのが元親にとって一番の清涼剤であった。

「お〜い。幸村」

直属の上司である佐助すら呼ばない下の名前で幸村を呼ぶと、いつもなら戸惑ったような表情を浮かべて寄ってくる彼が、ぎろと厳しい目で睨みつけてくる。
それに元親は驚き、何があったと戸惑う。はて、俺は彼に何かしただろうか。

「長曽我部少佐」

低い、声である。
幸村は普段はすこし声の高い(といってもそれが不快でない程度の)勢いのいい声をだす。
その大きさにたまに眉をよせるものを見るが、元親は結構気にいっていた。
だが、元親の気に入る、その声ではない。
不機嫌さとふつふつと湧き上がるような怒りをたたえたそれに元親は少しだけ気後れする。どうした?と聞いて地雷を踏むわけにもいかず、今日は地元の銘菓の葛餅を持ってきたんだけど、と続けた。

「それはいただくわけにはいきません」

普段はやわらかな子供のような目が、厳しくほそめられて、特別に険しい形相ではないのに、迫力がある。幸村は睨みつけてくるわけでも、元親に嫌悪感を抱いているわけでもないことは目を見ればわかるのだが、怒っていることと不機嫌さは嫌でも伝わってくる。
それは、自分に対して抱いているわけではない……と思いたいのだが、実際のところどうなのかわからない。
元親の戸惑った様子を見て、幸村はふ、と表情を代え、あわてて申し訳ありません。と頭をさげた。

「地位が下である某がとるべき態度ではありませんでした」

忸怩たる後悔が幸村を一瞬にして包みこむのが分かった。
これが気の短いやつであれば、親が軍の上層部にいようが武田信玄のお気に入りであろうが……いや、だからこそ罰則なり懲罰なり課し、彼を庇護する勢力の力を削ごうと考えるのであろうが、元親は幸村のことを気に入っているし、人間ができていた。
頭に血がのぼって、気の短い対応をしてしまうときなんて誰にだってあるだろうさ。元親はひとりごちる。

「どうしたんだ?そんなに怒ってよう?」

何かあったか?と苦笑しながら問う。
幸村はそれに恥ずかしそうに顔をそらし、猿飛少佐が……と言葉を濁した。

「ん?佐助が?」

「甘味をしばらくとるな、と」

命令されてしまって。とちいさく呟いた。
幸村は途方にくれた表情で元親を見つめる。
あまいものは幸村の大好物で、それを食べるのは幸村の人生のなかで一番の楽しみであった。
それを取り上げられて幸村はずいぶんと苛立っている。
聞くところによると昨夜から甘味を禁止され、甘味を食べられないどころか、目の前で大好きな団子を佐助が食べている光景を見せつけられて、その理不尽さに苛立っているらしい。
甘味をとるなといわれているときに甘味をあげるといわれても、食べられないのだから嫌がらせ以外の何ものでものない。
佐助のいないうちのこっそりと食べればいいのだろうが、生真面目な幸村は命令違反はできないらしい。
幸村の甘味好きを知っている元親は、それは酷いと幸村に同情する。

「某、どうすればよいのでしょう」

幸村の号泣せんばかりの困った様子に、と元親は自分の胸をかるく拳でたたく。

「なにがあったか知らねけどなそんな上司の横暴で困ってるやつを見捨てるわけにはいかねえからな!」

俺に任せろと快活に笑う。

「ありがとうございまするううう!某、甘味を取り上げられたら生きていけません!!!!」

幸村の馬鹿でかい声が軍部中に響いた。
びりびりと廊下まで響きわたる声に、ひとびとがびっくりする。

「だったら、死ね」

低い、というよりも、冷たい声が、二人の背後から聞こえた。
片耳を押さえ、耳が壊れるとぶつぶつと不平をいいながら、佐助は二人を尻目に自分の席につき仕事を再開する。
随分とこざっぱりした机の周りを、暑苦しいふたりの男が囲む。

「佐助え。お前よお。幸村に甘味を食うなって言ったらしじゃねえか。それってあんまりじゃないか?」

可哀想だぞ、と訴える元親に、佐助はふっと乾いた笑みを浮かべた。

「かわいそうなもんか。自業自得だ」

佐助は口元にだけ笑みを貼り付けたまま、元親からふいと視線をそらし幸村を見つめた。

「なあ、真田准尉」

「う、それについては何度もあやまりました」

「謝る、ねえ。ひとでなしとか鬼とか言いたい放題いってくれたことに対しては、なんら謝罪がないよね」

「……も、申し訳ありません」

「あとほかにも人間じゃないとか、外道とか非道とか、上司にいうべきじゃない言葉の嵐だったよね」

「……返す言葉もありません」

しゅんとしょげる幸村に、元親はおいおいと顔をゆがめる。そこまで言われたら誰だって怒る。

「なあ、なにがあったんだ?」

こうなる原因を聞いていないので、状況に少しついていけなかった。

「ん?昨日のことなんだけどね」

佐助はにっこり笑ってことの次第を元親に教えた。


その日、すぐに仕事が終わった佐助は上機嫌であった。
久しぶりにゆっくりできる。
誰に文句もいわれずに休める。その喜びでいつもより態度がやわらかい。
皮肉も嫌味もなりをひそめ、

「真田准尉は団子が好きなんだっけ?せっかくだから奢ってやるよ」

と幸村のためにこのあたりで有名な高級菓子店により、団子を買ってくれるほど上機嫌であった。
しかし、それも屋敷に着くまでで……

「で、屋敷に着いたらなにがあったんだ?」

「昨日の昼ごろ、雨が降ってて道がぬかるんでただろ?」

佐助は頬杖をつきながら書類に目を通す。
幸村は居辛そうにうつむいている。

「俺様、間抜けなことに屋敷の近くでそのぬかるみにはまってバランス崩しちゃってさ」



『あぶない!』



そのとき幸村が腕を伸ばしつかんだのは……

「俺がもってた団子のつつみでさ」

ふ、と佐助は笑う。

「俺はぬかるみのせいで見事に転んで泥まみれ。団子はしっかり死守したくせに、俺のことはほうっときやがったんだぜ?」

佐助の皮肉な笑みに、元親はああ、と更に表情をゆがめた。

「いや。うんそれはもう……幸村が悪い……よなあ。あ、でも、甘味禁止はやりすぎじゃねえか?」

「最初はそこまでじゃなかったんだけどね」

軽いいやがらせのつもりでこの団子はお預けだといったら、飛んできたのは先ほどの悪言。

佐助は、切れた。

「それで、しばらく甘味禁止になったわけか」

「そういうこと」

佐助は次の書類に手をのばしながらうなずいた。
その傍らでは幸村が小さくなっている。
佐助の様子では甘味解禁になるのは随分先だろう。
甘味大好きな幸村がその日を迎えるまでは地獄のような日々が続くであろうが……


(これは……自業自得だからしゃあねえよなあ)


と元親は同情半分に思った。



その甘味解禁日には、むせび泣く幸村に大量の甘味を与える元親の姿が見れたとか見れなかったとか。



生真面目で、隠れたところで命令違反ができない幸村。でも、佐助のためなら命令違反しますよ。参照『睡眠はとりましょう
佐助は幸村の言葉に怒っているよりも、傷ついていればいい。
昔、髪の色のせいで虐められてたのを幸村の言葉で思い出す。
つうかこの話し幸佐というか幸親幸……げふんげふん!!

2007.06.30 四既