男だらけのむさ苦しい空間に、ぱっと一輪の花が咲いたのだと、三年の某男子は出会いの感動を言葉にした。
君は俺たちのお姫様!
真田幸村。バサラ高校一年生。四月一日に十五歳になったばかりの、いわゆる遅生まれである。
野郎の園の中に女子学生が紛れこんでしまったのかと見まごうかわいらしい容姿をしている。
女子の制服を着せても違和感はないだろう。
細い顎に、溢れおちそうな大きな目。小さなつんとした桜色の唇は奪いたくなる小さな果実。
くせのある猫毛は女の子みたいに長くて、それも幸村の少女のような印象を強めている。
「姫」
「ゆきちゃん」
おおよそ男に使うものではないこの呼び名が、幸村の愛称である。
無論幸村がそれを気に入っているはずもなくて、呼ばれるたびに喧嘩を売るのに慣れている。
幸村は容姿の可憐さとは裏腹に好戦的で喧嘩が滅法強かった。
そんな彼が「姫」と呼ばれても怒らない相手が一人いる。
否、怒るのだが他の者を相手にするときのように強く出れないのだ。
「ひーめー」
「なんだ佐助!」
幸村は花のような笑顔を、佐助に向ける。
真田幸村のすぐ後ろの席。
猿飛佐助が座っている。それにクラスの男子はくらくらと目眩を覚え、常春のような顔でみとれる。半分は嫉妬混じりの目が佐助を睨みつけていた。
「次、現国だよな。
前ノート取り逃したとこあってさ、ちょっと見せて」
「ああいいぞっ。
ちょっとなんて言わず見たいだけ見ろ」
幸村は佐助にずい、とノートを押し付けた。
ノートの表紙には几帳面な字で『一年A組
真田幸村』と書かれてある。
佐助はそれを受け取り、ぱらぱらと捲る。自分のノートと見比べながら、こちらは神経質な字で足りぬ所を埋めていく。
幸村がそんな佐助を見つめる表情はだらしなく緩んでいる。
警戒心を解ききった幸村の様子にそんな表情をさせる佐助をうらめしそうに見つめる男子の面々。
真田幸村は男共が集う、むさい学校においてアイドルだ。
幸村が入学してからのこの短期間でファンクラブまで結成されており、ひとり占めは厳禁というルールまで作られている。
ファンクラブの会員でなものでも徹底した幸村独占禁止は強いられ、それを破ったものは即罰則。
それが恐ろしくて幸村に近付きたくても近付けないものは多い。
幸村はそのファンクラブの存在を気恥ずかしくもあり、鬱陶しくも思っているが、関わりあいになりたくない者たちから自分をシャットダウンしてくれるので放っておいている。
幸村にとって幸いなのは、クラスで唯一積極的に親しくしたいと思った者が、ファンクラブの無言の脅迫を恐れぬ強心臓であることだった。
今も佐助は睨みつける者のことなど気にせず、黙々とノートを写し、じいっと見つめる幸村に時折何?とたまに首を傾げる。
母親に甘える子供に向けるようなやわらかな笑みに、幸村はかあと赤くし、顔をそらした。
孤立は構わないが、佐助に嫌われるのだけは何故か嫌だった。
幸村は佐助に好意を抱いている。
それは誰の目にも明らかで、佐助も恐らくわかっている。
佐助はそれに明確な返答はせず、平然と友人関係を保っていた。