佐助が目が覚めた時、幸村の姿はなかった。
ばたばたと足音をたてて、部屋の前を通る女中。
(二日、連続。忍にあるまじき失態だ……)
昨日は半分以上理性が飛んでいたため(それすらも忍としての技量を疑うものだ)気にならなかったが、主の堂々と褥に居座るとは……
(なんていう不敬……嗚呼、でも、最早……)
その程度のことを気にかけている場合ではないのだ。
(知られてしまったのだ)
忍として、あってはならない罪を……
「誰か、……ろして……」
佐助はぽろぽろと涙を溢した。
かつての自分の所業。幼き日の幸村に興奮しそれを空想の中で抱き、精を放った。
嗚 呼 な ん て 醜 い
「死ななきゃ……」
この浅ましい命を絶ったとしても、幸村の傷を癒せるわけがない。
けれど、佐助には死で償う術しか考えつかなかった。
(俺の罪が消えるというならなんだってしよう)
何処かで聞く、来世というやつを代価として払ってもいい。なんだっていい。苦痛だって与えられてもいい。この浅ましい体を差し出していい。
今、この時に、幸村の中にある汚れた記憶全て。
(消してくれ……)
涙が視界をぼんやりとさせる。何度も拭っても溢れ出た。
二人の二日分の体液を受け、汚れた布団に、新たな染みを作る。
佐助は布団の下から這って出る。
幸村の部屋に、命を絶つ刃がないかを探す。
しかし、佐助は首を振る。
(旦那の部屋を、俺の血で汚すなんて、恐れ多い……)
そして、幸村の物で自分の命を奪うことも。
これ以上、幸村のものを汚してはいけないのだ。
忍らしい死に方なんて求めない。せめて幸村の目に自分の死体が触れさえしなければ、それでいい。
愚かな忍を命の消失と共にその罪ごと忘れさってくれればそれでいい。
佐助は着る物を探した。
風呂場から裸のまま連れて来られたから、佐助の服はこの部屋にはない。
(旦那の着物を借りるしか……)
幸村自身に、幸村のものに触れないと決めて、すぐにこれか……
佐助は唇を噛み締め、心の中で何度も謝り、幸村の着物を着た。手が震えて、上手く帯を結べない。
(死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ)
佐助はそれだけを繰り返し、よろめきながら立ち上がる。
忍隊の頓所に行けば、自分の部屋に行けば、命を奪うための凶器が幾等でもある。
(死ねる……俺は死ねるんだ……)
その事実に、佐助はひどく安堵した。
早く早く、と心が急く。
自分の部屋には直ぐにつく、距離……のはずだった。
幸村によって与えられた快感の代償は半身の痛み。歩くことすらままならない。
すれ違う男たちに、好色の目で見られた。
そんなこと、気にしてはいられない。
佐助は壁に体を預けながら歩いていた。熱っぽいような少し早い呼吸を繰り返す。
実際、佐助は発熱していた。二日連続の無理な行為の結果というよりも、精神に受けた衝撃が体に現れた結果かもしれない。
そして、佐助自身気付いていない"変化"
人の目に危うげに映る、その弱い姿は、色を極めた遊郭の遊女よりも、男を煽るもの。
涙を流す瞳は儚げな可憐さを見せる。
熟れた唇からは匂うような色気が漂い、白い肌は触れるだけで"美味そう"な、柔らかさを見せる。
その体を、突如強い力で引かれた。
力の入らない佐助は、それに絡めとられる。
人気のない部屋に連れ込まれる。
何が、と自分の状態を把握する短い思考の空白の中で猿轡を噛まされる。
「やっぱかなりの美人だな、こいつ……」
興奮し、上擦った声。顔の近くで言われたので、臭い息がかかった。
佐助は顔をしかめた。
「幸村さまの相手をしてたんだろう?俺たちの相手もしてくれよ」
年輩の者と、佐助とさほど年の変わらない男が二人。
佐助には見覚えがあった。真田家に士官している者だったはず。
その、好色な表情で、彼らの意図が考えずともわかった。
ぞ、と血の気が引いた。
(なにを……)
着物を一枚しかはおっていなかったから、すぐに裸にされた。
にやにやと笑う男たち。
(……やめろ)
両の手首を、若い男が捕まえた。
(なんで。このくらいの力……振り払えない……)
体を酷使した後にしても、この程度の力に負けるなんておかしい。
佐助は青白い顔で呆然とする。逃れようと懇親の力を込めるが、男の手はびくともしない。
「よい表情だなあ。かわいがりがいがあるというものだ」
髭の濃い男が、袴を脱いだ。褌をとり、佐助に汚い陰茎を見せた。
(いやだ……)
佐助は涙を流し、静かに首を振った。
その、儚げな弱さが、一層男たちを煽った。
男根は天を向き、早くも欲情していた。佐助を押さえる男も、男根を固くし、早くして下さいよ、と髭面の男をはやしたてる。
どうやら、この髭の男が佐助を堪能した後、若い方が佐助を抱くと決めているようだ。
男の固い指が、佐助の中に入った。
その痛みに息が詰まる。
(いや、いや……助けて助けて……)
佐助はただ夢中に助けを求めた。
それは猿轡に封殺され、音にはならない。
指が佐助の中で動いた。無理矢理広げる。
(助けて!助けて!助けて!旦那!幸村さま……!)
佐助は必死にもがいた。それで男の指を絞め、それが男にとっては愉快らしく、淫惨な表情を浮かべ、指を抜いた。
「なんだ。そんなに俺が欲しいのか?ならくれてやろう」
そして、男の淫茎が佐助を貫いた。
*****
様子を見ようと自分の部屋に向かうと、佐助の姿はなかった。
「……佐助?」
一晩中、愛を注いだ人はおらず、布団はもぬけの空。
佐助の所在が分からない。
それに胸に痛みを刻まれるほどの焦燥を覚えた。
よもや、愚かな考えを抱くのではあるまいな。
あれは、優秀すぎるくらい優秀な忍だし、幸村に対して優しすぎるくらいに優しい。
(まさか……)
言葉を幸村につきつけられ、責任を感じ、死を選ぶようなことは……
「くそ!」
幸村は自分の愚かさを呪った。
怒りに任せて言った言葉。
それが何を招くなんて、今までこれっぽっちも気付かなかった。
(佐助……佐助……)
彼がしたことは、許せない。
信頼を寄せていた者に、性の対象とみなされた傷は多分一生消えない。
けれど、男として分かる部分があるから、幸村は佐助を本当に責めてはいなかった。
ただ……
(教えたかったのかもしれない)
(俺は、お前の上に在る、"雄"なのだと)
(佐助の幻想の中にあった弱い俺を砕いて)
(佐助という"雌"を征服する、"雄"なのだと……)
忘れ去っていた忌まわしい過去を夢という形で思い出したのは、佐助を自分に縛りつける鎖を探していたからなのか……
佐助と初めて閨を共にしたあの夜から、佐助のことを考えない日というのがなかった。
どんな女を抱いても、どんな男を抱いても、佐助以上に幸村を溺れさせる者なんていなかった。愛しいと思う者なんていなかった。
初めて男を知る女の悲鳴は煩いとしか耳に入らなかった。佐助の悲鳴は幸村の嗜虐心を酷く煽り、幸村の雄を更に奮いたたせた。
佐助だけなのだ。
こんなにも、幸村の心をかき乱すのは……
幼い頃から続く習慣で一緒に入る風呂で、佐助に奉仕を求めた。確かに、佐助の舌使いは気持ち良かった。女や小姓を抱くより、幸村を夢中にさせた。けれど、佐助の中で放つ快感に勝るわけではないのだ。
それを知り、幸村は恐くなった。
佐助がいなくなったら、どうやって体に宿る熱と、常に満たされず渇いている心を癒せばいいのだろう。
幸村は佐助の肌を知ってから、常に佐助に飢(かつ)えていた。
佐助を抱いていても、もっともっとと求める。
佐助を求めてやまない体と心は、繋がることでも飢えを満たせず、幸村を追いつめる。
(佐助が……俺の元から離れて行かぬ、鎖が……)
欲しかった。その結果佐助を失うことになったら……
(お前がおらぬと、俺は生きてゆけぬ……)
幸村は佐助の姿を必死に求めた。
「佐助!?何処に居る!?来るんだ佐助!!!」
幸村の呼び声に、普段、誰も出入りしない客人用の部屋から、がたんと音がした。
*****
髭面の男が、佐助の中で一度果て、佐助の中にあったものを抜いた。まだまだしたそうな表情をしていたが、若いほうの男がそれをなじり、抜かざるえなかった。
ぐったりとした佐助は、最早押さえつける必要もなく、床に倒された格好でいる。
連日幸村に抱かれ、そして男を受けいれたばかりの尻の穴は、若い男の逸物を容易にのみこんだ。
痛みはない。けれど、幸村の時とは違い、快楽も無かった。
(なんで、こんなに苦しいんだろ)
んーんーうめきながら、佐助はぼんやりと思っていた。
下半身に痛みはない。感覚もほとんどない。
(なのに、なんでこんなに胸が痛いんだろう)
佐助はこの状況を理解するのを放棄することで、狂いそうな恐怖と屈辱から逃れていた。
佐助が"ただの忍"であった頃なら、このようなこと淡々と受け流せただろう。
けれど、今の佐助には、それが無理だった。
彼が体を許し、求めるのは幸村であり、彼以外の男に抱かれるのは、まるで汚されるようで我慢ならなかった。
忍にあるまじき、女のような感情の動き。
佐助はそれを愚かと言えなかった。
愚かだということに気付かなかった。
(俺は、何をしているんだろう。……何をされているんだろう?)
男が、佐助の中に熱を放った。
髭の男が、次は俺の番だ、といい、また佐助の中で動こうとした若い男を押し退ける。
佐助の中で、逸物の抜き挿しが繰り返される。
何度、男たちの放つ熱を受けいれただろうか?
佐助は思考する力無く、男たちのされるがままにされた。
やがて、男たちは満足したのか、静かに涙を流す佐助を捨て起き、部屋を出て入った。
****
何も考えていなかった。
何も考えられなかった。
……頭がぼんやりする。
(俺は、一体何をされた……?)
『やめろ思い出すな』
心の中で警鐘が鳴った。
(な、んでこんなところにいるんだっけ?)
『やめろやめろやめろやめろ』
血が、騒いだ。脈打つ赤い流れの音が耳に届くようであった。
(お、れ、は……)
『だめだだめだだめだだめだだめだだめだ!!!!!』
何か大事なものを手放すように、自分の身に起こった事実を理解しようとした瞬間。
「佐助!?何処に居る!?来るんだ佐助!!!」
身を切るような幸村の叫びが響いた。
(旦那が呼んでる……)
佐助は思い出すことを放棄し、幸村の呼び声に答える方法を考えた。
佐助は、自分が死のうとしたことも忘れていた。
幸村につきつけられたものも忘れていた。
自分にされたことも忘れていた。
全てを忘れさることで、佐助の中に残ったもの。それは幸村への、想いだった。
忍としての定め。
男としての矜持。
かつての罪。
覆い隠すものがなくなった剥き出しの感情は狂おしいほどに幸村を求め、佐助の心を焼いた。
(幸村さま……)
切ない想いでその名を呟く。
猿轡で声も出せず、疲労しきった体は歩く程の力がなかったから、佐助は最後の力を振りしぼって押し入れの戸を蹴った。
ドタドタと忙しい音が部屋の前に近付いてくる。
「佐助!?」
幸村は勢いよく障子戸を開けた。
(幸村さ、まだ……)
その顔を見て、ようやくほっとした佐助は、静かに目を閉じた。
続