幼い顔を伏せがちにして、こちらの様子を窺うように、上目で見つめてくる。
丸い目は潤み、今にも滴が溢れ落ちそうだった。紅潮した頬に、清らかな滴が伝う様は、さぞかし美しく、清浄さに満ちているのであろう。
けれど今から自分たちがすることは、清らかさとはかけ離れた、欲を放つためのまぐわいなのだ。
人としていかに優れていようと逃れられぬ性の鎖は、人が獣であったときの名残のように、野蛮な行為であると佐助は思う。
しかし、全ての命の始まりである体のまじわりは、いかに野蛮で汚らわしくても、生く物がある限り、決して止まない行為だ。
自分たちが今からやることは、たくさんある行為の、たった一度に過ぎない。
誰もが知らず、誰もが忘れさる、些細な体の交差。
子も成せぬ、意味のない行為だ。
不毛ではあるが、それでもこれから自分たちふたりは交わらなくてはならない。
「旦那……さっさと何かしら動いて貰わないと、俺も困るんだけどさ」
「……う、うむ。わかっておる。しかし、某も心の準備というものが……」
「そう言って、どれだけたつと思ってるの?朝になっちまうぜ?」
上目遣いを辞めて、幸村は佐助を睨みつける。
「わかっておる!急かすな!」
怒鳴りつけ、まただんまりを始めてしまった。
やれやれ、と佐助はこれみよがしにため息をつき、
「あのさー旦那。意地を張らずに俺に全部任せなって」
と、佐助が言うのは、色事に全く経験がなく、そして積極的にしたい(嫁を貰って子を成してもおかしくない年だというのに嘆かわしい話しだ)と思わない幸村のことを慮って……ではなく、さっさとすませたいと、その一心からである。
(たく、大将も嫌な命令をしてくれる)
色に疎い愛弟子がいずれ嫁をとるときに恥をかかぬかといらぬ心配をし、佐助に、幸村に指南するように命じたのだ。
幸村も、信玄直々に命じられ、逃げられない状況なのである。
佐助を抱かなければ、と思いはしても、照れと未知のものに挑む恐怖から、普段は気軽に接している佐助に、指一本触れることが叶わない。
明日も速くから仕事があるから、何時までも幸村に付き合ってはいられないのに……。佐助は心中でひとりごちた。
そして、仕事で抱かれるときにはない、甘く温い空気が、どうにも居心地が悪い。
「す、全てを任せるなど!そのような情けない真似はできぬわ!」
幸村は人と情を交した経験がない。ここは佐助の言う通り任せたほうがよいのかもしれぬと思う心はあれど、男として(相手も男なのだから、そういう思考は無意味だ。しかし幸村はそれに気付かない)沽券に関わる。
「情けなくなんてないよ」
す、と佐助の冷たい指が幸村の頬に触れた。
「最初は誰だって戸惑うものなんだから。ね?」
佐助は意図して、男を欲情させる表情と仕草で、幸村に対峙する。
ごくん、と幸村の喉が唾を飲み込んだ。
佐助はそれを捉え、くすと笑った。
伏せがちな睫毛から除く、妖艶な瞳。
「俺に全部任せて……」
佐助の手が幸村の着物の帯にのびた。
最初から、行為が為やすいように着衣を整えさせていたので、容易にほどける。
露になった幸村の浅黒い肌に指をのばし、顔を寄せた。
胸の上にぴたりと耳を寄せ、肌をくすぐるように囁きを漏らす。
「心臓の音、大きいね。肌も熱いや」
(あ〜何言ってるんだろうね〜俺さま)
軽く自己嫌悪に陥りつつも、自分を追い落とすような行動を辞めない。自分から動いてやったほうが早い、動きたいと思っての、今回のこれは幸村が主体となってくれねば困るのだ。
自分の持つ技で幸村を誘い、惑わす。
幸村の未熟な性は、佐助の色気で呆気なく、弾けた。
佐助を布団に押し倒し、熟れはじめたような潤々しい唇にむさぼりつく。
角度を変え、何度も吸い付いてくるが、舌の使いかたがわからないのか、佐助の口内には幸村の舌が来ない。
ここまで教えてやらねばならないのか、と半ば呆れながら、自ら舌を挿しいれた。
幸村は最初、それに戸惑う様子を見せたものの、佐助の動きをなぞるように佐助の口内に侵入し、蹂躙する。
繋る場所からとろけそうなくらいの快楽が生まれ、たまらず幸村が佐助を強く抱き締めた。
幸村は髪ごと乱暴に頭を掴み、深く、激しく佐助を攻めたてる。
痛みと快楽をやりすごすために佐助は幸村が辛うじて纏ったままの着物に爪を立てた。
ぷはぁ!
二人の唇は離れ、荒く呼吸をする。
銀色に光る唾液が、口端をだらしなく伝った。
幼子のようだった幸村の目は情欲に煽られ、変わり始めていた。
「佐助……」
幸村が佐助の耳元で切ない囁きを漏らした。
それに佐助は潤んだ瞳で幸村を見つける。
その瞬間、幸村はう、とつまった。
いきなり、情けない初な幸村に逆戻りである。
佐助からすぐに体を放し、手出しが出来ないでいる。
「あのさあ、旦那……」
佐助が渋面になって額を抑える。
「す、すまぬ。佐助……某、その……」
佐助に見つめられるととても恥ずかしいのだ、と、早口でまくしたて、
「目を、隠してもらえぬか?」
片手に帯を取り、困ったように見つめてくる。
おそらくこの主は、自分がうんと言わぬ限り、絶対何も出来ないだろうという確信があった。
佐助は、少し考えたあと、「いいよ」と頷いた。
その時の幸村の笑顔は、あまりにも閨の空気とかけ離れたものであったので、佐助に呆れられた。
***
帯がぐるりと目に巻き付けられた。布の柔らかい感触が優しく頭部を覆う。
「佐助……」
目を隠していても恥ずかしいのか、幸村は背後から抱き締めてきた。
ゆっくりと、確かめるように、佐助の衣類を幸村は脱がしていく。
そして佐助のものより幾分か大きくなった手が、佐助の肌に吸い付くように、腰の位置で止まった。
「佐助は細いな」
「そう?ま、忍だからね。太くちゃ仕事にならないよ」
「そういうものか?」
「そういうものだよ」
会話が終わると、幸村の手がつつ、と移動する。
手探りで探るような、戸惑いと不慣れなその動きは、愛撫には程遠いもののはずなのに、ぞくり、と佐助に寒気ではない感覚をもたらした。
過敏になってる……?
そうか、目隠しのせいか。
人の感覚の大部分は、視覚が占められている。それが奪われる事で、他の感覚が鋭敏になっているのだ。
(今更外させて、とも言えないしな……)
佐助は溜め息をつきたい内心をおし隠し、幸村の手によって徐々に体を熱くさせていった。
*******
ちゅ、ちゅぷちゅぷ。……ちゅ。
濡れ音をわざとらしくたて、幸村は佐助をもてあそぶ。
只でさえ弱い耳。必死に声を押し殺す。
快楽を誤魔化すために唇を強く噛み、握った拳に爪をたて、痛みを己自身に与える。
「……くっ」
「佐助」
少し怒ったような声が佐助の耳をかすめた。
佐助の自分をいじめる行為を見咎めているのだ。
「やめるのだ」
静かに命じ、片方の己の指を佐助の指にからませてくる。
耳の間近で吐息がかかるので、幸村が意図しない拍子で体がびくんとはねる。
声を漏らさぬ為に唇を噛もうとすると、口の中に指がつっこまれた。
「噛むなら俺の指を噛むがよい。己を傷つけるな」
「……馬鹿。あんたの指を噛めるわけないじゃない」
佐助は弱々しく反論する。
「ならば唇を噛むのはよせ。血がにじんでおるではないか」
幸村は血の流れる唇を舐めた。
「唇噛んでないと、声が出ちゃうんだよ」
あられもなく、女のように声をあげたくない佐助は、それだけは許して、と幸村にねだる。
「嫌だ……」
「旦那あ……」
咎める声が、思ったよりも甘くて、佐助は驚いた。
幸村の、絡める指に力が篭った。
頭がくらくらするくらいの、濃密な甘い吐息。
「佐助……俺のために鳴いてくれ……」
それは、愛だとか、優しさとか、性欲とか、執着とかいろんなものがドロドロに溶けあったもので、吐息の度に佐助に絡みついていくのだ。
それはどんどん佐助の自由を奪っていって、抵抗することを許さない。
「あっん……!」
初めて漏れた艶声。それを契機に堰が壊れたように喉から溢れだす。
「やんっ……あ、ふっぅ!」
(女みたいでかっこわるい。ああ、なんでこんな目に……)
最後の抵抗のような心の中の悪態も、菊門に指を突っ込まれて吹き飛んだ。
「あああんっっっ!!」
******
「佐助……!佐助……!」
壊れたように名前を呼ばれる。
それに言葉を返す余裕はない。だらしなく開いた口から不明瞭なあえぎと唾液がたれるだけだ。
佐助自身の精は限界まで吐き出され、体力がつきかけていた。幸村が佐助の体を支えていなければ、布団に倒れ込んでいるだろう。
対して幸村は、今だ限界を見せない。
「ひゃあっっっあっ!………ああ!!!」
佐助の中に、熱すぎるものが吐き出される。肉を突き破り、体の外へとほとばしってもおかしくないほどの熱量と幸村の欲情は、しかし全て佐助の中にねじこまれる。
下脚の衝撃は、頭を殴られる以上の威力で、佐助は耐えきれず意識を手放した。