愚かものの恋 2

与えられた一室で仕事をしている最中に、封筒に入った薄い書類が届けられた。
佐助はそれを一読し、自嘲気味に笑った。

「また俺だけ居残りか……」

内容は今度の戦いにおいて、佐助は不参加で軍に残り必要な諸活動をしろとの命令書だった。
それはいつものことで、同僚の元親や、同期の慶次が戦闘に参加するなか、佐助は静かな場所に取り残されていた。

己だけ取り残されることに、佐助が不満を覚えるのはなにも今回だけではない。ただ、目に見えてそれを表に出すのが珍しいだけで、幸村の上司はいつも軍部に対する不満を抱いていた。

呟くこえに憤りがこもっていた。幸村はそれをなだめ、慰める術を知らないが、子供のように泣いて喚いたり、怒鳴り散らしたりしない彼には、いらぬ心配なのかもしれない。

けれど、それを寂しくも思うのだ。もっと、感情をぶつけて、胸にわだかまるものを発散してほしい。
自分はそんなに器用ではないから佐助の言葉を聞くことしか出来ないけれど、言いたいことを言えば、少しでも楽になるはずだ。

頼られたいと思うのは、好いているせいなのだろう。

佐助が誰かを想っていてもあきらめきれない佐助への感情は、少しでも佐助の役に立ちたいと叫んでいる。
しかし、そこには佐助が誰にも見せたことがない素の表情を見てみたい。己だけ独占したいという欲も孕んでいる。

幸村は、自嘲気味に笑い書類を眺める佐助を見つめる。なにかよい言葉をかけられるわけでもないから、どうすればいいのかわからない迷子のような不安げな顔になる。

佐助はそれに気付き、くすっと笑って見せる。
翳りを帯びていたものが消えて、何時ものひとを馬鹿にするような色が瞳に浮かんだ。

幸村にはわざとらしく見えたそれは痛々しく、佐助が本心では酷く怒り、悲しんでいることの証明のようだった。
幸村は体のなかで何かが捩れたように歪む痛みを感じた。
針や棘がささったようなちくりとしたものではなく、体内が無遠慮に暴かれて内蔵をかき回されるような、不愉快で堪えきれぬ痛み。

「あんたもついてないね。窓際族の上司をもっちゃってさ」

それは幸村に対してではなく、自分自身に対する皮肉。幸村を馬鹿にすることはあっても己を貶めるようなことは今まで決していわなかった尊台な上司の台詞に幸村は眉をしかめた。

「某はそのようなことはおもっていません」

自分の言葉数の少なさと、言葉を伝えることが苦手なことを、これほど悔しくおもったことはなかった。
もっと、佐助を励まし前向きにさせられることをいえたはずだ。

「おべっかなんか使わなくてもいいんだぜ? どうせあんたはそのうち俺の階級を抜かして出世するだろうからさ」

「そういう言う方はやめてください。自分を貶めてなにが楽しいんですか?」

「楽しんで言っていると思う?」

相変わらずのひとをからかう瞳だが、本心が全く見えない。
思うようにいかない現状にいらだっているのかもしれない。
絶望しているのかもしれない。
あきらめているのかもしれない。

申し訳ありませんと幸村は頭を下げてあやまる。再び顔をあげたとき、不意に佐助の目から涙がこぼれおちたのを見てしまって、幸村はその瞬間驚くでもなく固まるでもなく、内側を焼く炎に眩暈を覚えた。

飄々とした皮肉屋の姿を装えぬほどの激情が、佐助に涙の正体だ。悔しさと、怒りと、言葉にできぬ思い。


軍で出世するためには、近頃頻発している内乱の鎮圧などの戦いにおける功績を積むのが一番の近道である。軍の上層部に身内がいるものはそのコネで出世することができるが、無論、周囲からの風あたりも強い。

しかし、現在実力に似合う地位についているものは少ない。戦いに少し参加しただけの門閥貴族のものたちの身内が専横しているといっていい。功績捏造し、実力に不似合いな地位につき、その特権を振るっている。

軍の上層部で貴族として確固とした身分があり、実力も備わったものとなると、その数は少ない。その少ないなかに佐助の祖父の武田信玄と幸村の父の真田昌幸がおり、このふたり、とくに武田信玄は『実力はないが地位だけはある』連中にとって邪魔な存在なのだ。いつその地位が脅かされるかわからず、戦々恐々としている。

信玄の孫である佐助が軍の上の地位につけないようにしているのは、そういう輩たちだ。

彼らは信玄の味方が増えることは、自分たちの危機につながると臆病なほどに警戒している。決して自分たちの特権がうばわれないように予防線を張り、佐助に昇級の機会を与えない。

佐助は出世ができないことを怒っているわけではない。
誇り高い男だから、そういうものたちの命令に従わなければならないことに腹を立てているのだ。
それに、自分だけ安全な位置にいることに、罪悪感を覚えている。幸村は、佐助が戦場に行く友の無事をいつも祈っていることを知っていた。
仲間の死を、悼み、悲しみ、その冥福を祈っていることを知っていた。

自分が戦えば、死なぬ命もあったのではないか、と。
傲慢で不遜な考えだ、と戦場を知るものは言うかもしれない。
悲惨な戦闘の中で、誰かひとりのそんざいが、誰かの命を助けられるなんてわかったものじゃない。
もしかしたら、死体が一体増えるだけかもしれないのだ。

それでも佐助は戦いたいと思っている。

それをことごとく阻む軍のものを憎んでいる。

(ああ、俺も許しはしないさ……俺のたいせつなひとを泣かせたやつらなど……)

幸村は佐助を引き寄せ、逞しい腕のなかに封じた。
強張った上司の細い体から伝わってくる脈動。離せ、と上ずった声で訴え幸村の腕のなかから逃げようと足掻くが、幸村は佐助の抵抗などものともせず、離さなかった。

「泣きたいときは、泣いてください……」

放っておいたら、貴方は絶対涙を堪えてしまうだろうから。




慶←佐←幸
でも慶次が出ない。佐助が慶次を好きな描写もない。


2007.07.05 四既