愚かものの恋
「少佐は、何故……」
呟く声がふたりのあいだに存在する空気にとけ、佐助の耳に幸村が伝えたかったことばは結局伝わらなかった。
佐助は気になり、仕事を中断し、幸村を見つめた。
幸村は佐助が頼んだ書類のまとめを半ばまで終わらせている。それを確認し、佐助は休憩には丁度いいだろう、と判断した。
働きものの部下のためにコーヒーでも入れてやろうと立ち上がる。給湯室には、もらいもののクッキーがあったはず。和菓子ばかり食べている彼の舌にあうかはわからないが、それも一緒にだしてやろう。
給湯室に向かいながら、何をはなそうとしていた?と首だけ振り返りたずねる。
幸村からの答えはなく、まだ終わらぬ仕事に向かい、ペンを走らせていた。固いペン先が少しつぶれて、太い線が彼らしいきっちりとした字を描いている。聞こえなかったのかと思い、それ以上追求する気もなくなり、佐助は給湯室に入った。
幸村は佐助が見えなくなったことを確認し、ふ、と息を吐く。自分がなにをいいそうになったのかを思い出し、危ないな、とちいさくもらした。安堵よりも嘲笑が勝っている純朴な青年を思わせる彼が浮かべるには、あまりにも違和感のある笑みが、幸村に不穏な空気を纏わせる。
「少佐は、なぜ俺をこんなにも魅了するのですか?」
唐突に口をついて出そうになったのは、ずいぶんと愚かで馬鹿げた台詞。女に問うにも陳腐な台詞。それを同性の上司に尋ね、自分はどうするつもりであったのだろう。
笑われるのが、おちだな。
流されて、またお得意の皮肉を返されて、最初から聞かなかったようにその問い自体なかったものにされて。
ああ、だったら最初からいわなかったほうがいい。唇を閉ざして、なにも思っていないようなふりをして。
(少佐には既に想い人がいる。俺がなにかをいったところで……)
だが、無意味だな、と心のそこから結論付けるほど、幸村は諦めがよいほうではなかった。
気付けば佐助を目で追っている。気付けば佐助の気配を追っている。
己のなかで巣食い、侵食していくもの。それは思うだけ無駄だと理性が告げても、意思を無視して膨らんでいって、目を背けられぬほどおおきくなった。
ああ、馬鹿げてる。
叶わぬ恋とわかっていても、それでも想い続けてしまうなんて……
慶←佐←幸
2007.07.04
四既