愚かものの恋 3-3
霧隠才蔵のことは今までよく知らなかった。
たが、彼が佐助の元副官というだけで幸村が敵視するには十分だった。
そして実際に会話してみて、彼のことが嫌いになった。
まるで自分のほうが佐助のことを思い、知っているような態度。
佐助の隣は、副官である自分の場所であるはずなのに、当たり前のように佐助の傍にいる。
気に入らない。何もかも。
何より、自分よりも才蔵に心を開いている場面を見せつけられたのが、効いた。
佐助が無防備に才蔵に寄りかかったところをみて、全身が凍った。その内側、幸村の核ともいうべき部分は、熱く煮え立ち、才蔵に対する殺意すら沸いた。
醜い感情が幸村を突き動かす。才蔵の言葉がなければあのまま彼を殴っていた。
昔は抑えることが出来た感情が、最近コントロールできない。
佐助の恋の成就を願うことが出来たのに、今や慶次に近付いて欲しくないとすら思っている。
ずっと自分の傍に居てほしい。
他の男なんてみないで欲しい。
恋とはわがままで、独占欲を強くさせる。ふたりきりの軍での仕事は、彼にとって至福のときだった。
同じ空間で、たったふたりきり。
佐助が話しかけるひとは幸村だけ。佐助がみるひとは幸村だけ。
今は、というと周りにいるのは女性である佐助の体を狙う不愉快な輩ばかりだし、隊長という役割についているので幸村だけを重用できるわけではない。なにより才蔵の存在が目障りだ。
幸村は佐助の部屋の入り口をじっと睨みつけながら、ぐ、と拳を握る。
(だが、あれは少佐に必要なものなのだ)
信頼を寄せられる部下が何人いるかで、佐助が今より高い地位についたときの安全性が違う。
高い地位に着いたとき仲間がいなくてはその地位も上手く活用できいない。
幸村は佐助が軍上部の策略で高い地位が未だ望めないことを知っていても、いずれ彼をいまよりも高みの位置へつけることを諦めていなかった。
そのときのために。そのときが少しでも早く訪れるように。
使える人材が必要だ。
才蔵は幸村が私情で動く愚かものだとおもっている。それは事実であるが、幸村は佐助のために自制する心は持っていた。
それが、一応、と付く程度の儚い存在感のものだとしても。
睨みつけてくる才蔵に視線を返さず、幸村はじっと佐助が寝ている部屋を見つめる。
佐助をいかに上の地位に上りつめてもらうかは、また今度考えよう。
意識を変えるように深く息を吐く。
明日、開戦される。安全な場所で戦うことになっているが、万が一ということもある。けっして油断せず、何があっても佐助を守ろう。
それが、今の幸村いできることであり、しなければならないことだ。
****
昨日の晴天が嘘のような曇天だった。日の光が遮られ、薄暗い空の下。それでも暑さから開放されないむしむしとした空気のなかで、軍は進んでいた。
拠点としている砦を守っている。軍のものたちが詰められていた昨日と違い閑散とした空気があった。
前線とは程遠い場所で待機するものたちは、戦いの恐怖が薄いせいか緊張が薄い。
佐助の配下のものたちは敵ではなく、一緒に待機している隊のものたちを警戒している。
佐助に手をださないように、それとなく見張っていた。
部下の気遣いを知っているのか知らぬのか、佐助は腕を組み、目を閉じていた。
昨日と変わらぬ、涼やかな立ち姿である。
彼女の周りだけ、空気が違う。
触れることを許さぬ、氷の空気。
幸村すら、そんな佐助の姿に話しかけることを躊躇う。
人形のようにぴくりともしなかった姿が不意に、動く。
銃声が聞こえた。尾を引くように暗い空に響き渡り不気味な余韻を残す。
それを契機にいくつもの銃声や怒声が聞こえてくる。敵と遭遇し戦いが始まったのだろう。
「始まったようですね……」
「そうだね……」
「ご自分も、前線に出たいとお考えですか?」
「……」
佐助は沈黙する。しばらくしてようやく口を開いた。偽ることを止めた、正直な気持ちを幸村にゆっくりと語る。
「戦えないとわかっていたときはそれが悔しくて仕方がなかった。
けれど、こうやって戦いの気配を感じると怖いものだと思う」
怖い。
佐助から漏れたその一言がとても意外だった。
こうやって立ち恐怖を抱いていると語る彼女からは、冷静な感情しか読み取れない。
怒りも憤りもなく、戦いへの恐れもない。
ただ、淡々と戦いに赴く自分を受け入れているように見えるのだ。
そう、感じてしまうのは、自分が佐助を知らないからだろうか。
才蔵ならば、佐助の恐怖を感じ取り、それを少しでも軽くするために、不器用な優しさを示すのだろうか?
「例え怖くても戦わねばなりません」
けれど、幸村が出来ることは、例え非情に見えても、佐助の背中を押すことだ。
それこそが、今の彼女に必要なことなのだと幸村は言い聞かせる。
佐助はそうだね、と穏やかに笑んだ。
その目が少しだけ泣きそうで、安堵しているのは、気のせいなのだろうか……
(この人は弱いのかもしれない)
ふと、そんな思いが胸をよぎる。
誰かがその細い背を支えなければ、あっという間に倒れてしまう。
強がっているだけで、本当は……
弱い、軍人になど相応しくないただの少女ではないのかと……
今更になって気付いた。
続
2007.08.17
四既