愚かものの恋 3-2
初めての夜営というものに緊張を隠せないでいた佐助は、どうせ眠れないだろうから、と見張りをかってでた。
暗闇を照らす心もとない光が眠たげな佐助の横顔を照らす。
佐助の思惑とは裏腹に、彼女のなかで緊張よりも疲れが勝ってしまったようだ。
その近くで、無防備な獲物に舌なめずりをする獣の存在に気付かないのだろうか……
「佐助」
名を呼ばれて、佐助ははっとした。低い声で名を呼ぶ相手に、才蔵……と、まだまどろみの中にあるかのような目で返す。
「眠いのなら、寝たらどうだ?」
横に座るかつての副官が淡々と問うてくるのを、佐助はああ、と頷いた。
「……で?」
「ん?」
「何故俺によりかかる?」
佐助は才蔵の肩に自分の頭を預け、再び眠りにおちようとしていた。才蔵の静かな疑問に答えようとせず、いいから、と誤魔化して再び瞼を閉じた。
穏やかな寝息がすぐ近くから聞こえてくる。やれやれと声だけは呆れて、表情は優しく才蔵は自分の分の毛布を佐助にかけてやった。
才蔵からこぼれおちる息には呆れを含んでいるが、そこには佐助への愛しさがあった。
「無防備に……男をあまり信頼するなよ……」
才蔵は佐助を横抱きにした。鍛え上げられた体には佐助の痩躯は軽い。
男のものとは違う柔らかな体が腕の中でぐにゃりとまがる。女の体は、触ると少しだけ怖くなる。乱暴に扱ったら壊れてしまいそうだ。
今回の遠征軍で佐助はそれなりに地位がある。
才蔵のような雑兵はその他大勢と雑魚寝になるが、佐助には彼女専用の部屋が与えられる。才蔵はそこへ佐助を運んだ。
簡易の寝床に佐助の細い体を横たわらせていると、
「ん……」
揺らされることで意識が覚めたのか、小さくうなり目を開ける。
「……さいぞ……」
ぼんやりとした目が才蔵を捉える。夢の余韻を引きずるようにうっとりとしていた。
「なんだ?」
「い……夢みた……慶次が、ね……」
意識が覚醒していたら絶対にみせない女の顔をして、佐助は幸せそうに笑って目を閉じた。
多分、この顔を見たら、大抵の男は落ちるな……
そう思ってしまうのは、元副官の欲目だろうか……
余程よい夢を見たのだろう。
佐助の寝顔は子供のように無邪気で穏やかだ。
佐助が密やかに……というほどでもないが、慶次に淡い思いを抱いているのは、かつて佐助の副官であったころから知っている。
その恋が、叶うようにと願ってしまいくらい、才蔵にとって佐助は大切な存在だ。
才蔵にとって佐助は妹のようなものなのだ。
恋の対象とはならないけれど、でも一番大切な異性。
佐助が幸せな夢の続きを見るようにと躊躇いもなく思ってしまう自分に苦笑して、才蔵は天幕の外に出た。
外には、佐助の、現在の副官となっている幸村と青海がいた。
幸村は今にも飛びかかってきそうなくらいの強い憎しみがこもった目で、才蔵を睨みつけてくる。夜目でもひしひしと伝わる敵意。
青海はというと、真意がわからない表情で幸村の傍らに立っている。
「真田准尉がですね」
と幸村をみやり。
「今にも才蔵さんに殴りかかりそうなんで止めにきたんだ」
才蔵に笑みを向ける。
「何か不埒な真似でもしていないだろうな」
疑いと怒り。そしていくばくかの嫉妬。
才蔵は冷笑でかわし、お前じゃあるまいしと皮肉で応じる。
ぴくりと幸村の表情がひきつる。
「なんだと……」
「煮詰まって一番早く手を出しそうなのはお前だろう?」
「……!」
幸村が動く前に、青海が素早く取り押さえた。
「なんで挑発しちゃうんですか。才蔵さん」
後ろから羽交い絞めにする幸村に、騒ぐと隊長が起きちゃいますからね、と忠告する。
「そいつがくだらないことをいうからだ。煩悩だらけのお坊ちゃまと一緒にするな」
冷ややかに見つめる視線に含まれる軽蔑。
「何故、信玄さまはくだらない理由でお前なんかを佐助の副官にしたんだろうな。
余計、佐助が危なくなるだろうに……」
はあとわざとらしくついた溜め息に、幸村の怒りは頂点に達する。
力任せに青海の剛腕をふりほどき、才蔵の襟首をひねりあげた。握った拳を才蔵に降りおろそうとしたその刹那。
「隊内で私闘があったとなると、佐助の評価は軍内で一気に下がるぞ」
才蔵が試すように見上げてくる。拳が途中で止まった。
幸村は射殺しそうな憎しみの眼で睨みつける。才蔵はそれにすこしもひるまず、飄々とした笑みを浮かべていた。
「図星を指されて腹が立ったか?だがな、自覚があるなら少しは隠せ。佐助に近付くたびに睨まれては不快だからな」
幸村は舌打ちして、才蔵の襟首を離す。わざとらしく幸村が掴んだところのほこりを叩き落とす才蔵に、青海は
「だから挑発しないでくださいよ」
額を抑えてうめいた。
幸村は踵を返す。
隊の己の寝床にでも戻るのかとふたりは思ったが、幸村がふたりの位置からでも見える場所にある古木に腰かける。佐助の寝る部屋を見渡せすようにしているところから、寝ずの番でもするつもりなのだろう。
青海はそれに苦笑した。目はあわないようにひっそりてうかがう為に盗み見て、元親隊長の言っていたこともあながち間違ってはいないんですけどねえ……と才蔵にだけ聞こえるように呟く。
思っていることがすぐにわかってしまう裏表のない男だ、と元親は好評していたが青海にはそれは酷評の対象である、
「本来は長曾我部どのの隊員だったな」
青海は頷く。
「みんな隊長馬鹿で、少々やかましかったんです。どうにもあの勢いについていくのは難しい」
隊長にこっちの隊に入れと言われたときはふたつ返事で頷いた。
「ある意味こっちのひとたちも隊長馬鹿だな。と今回の一件もあって思いました。やかましくないだけましですが、胃の痛みはあっちでは感じたときありませんよ」
「時期に慣れるさ」
「慣れたくありませんよ。隊長と話しているとき、俺、真田准尉に殺されるかと思いましたからね」
睨まれていたのを気付かない青海ではない。ひょいと肩をすくめて、気だるげに嘆く。
「別の隊に行きたいな……」
本気で言っている風には聞こえないので、才蔵はそれの返答を笑みを浮かべるだけでとどめる。
本気で言っているなら、ならさっさと出ていけと告げる。これが無能な輩なら冗談で言ったところで才蔵は隊から追い出している。
青海は有能だ。
だからこそ元親は佐助の安全を守るために彼を佐助の下に寄越したのだろう。
才蔵の基準は副官時代からの名残のせいか、"いかに佐助にとって有益なのか"が重要になってくる。
幸村のように佐助に近付くものを私情で誰彼構わず排除しようとするなどもっての他だ。
(俺と奴は違う……)
部屋の前で見張る幸村を睨みつけた。
続
2007.07.28
四既