日記に書いていた剣道部話の全容



一度集中したら、それ以外見えなくなるやつだな。

目線が少しだけ上の少年にそうだろうか、とわざとはぐらかす。
誰にでも言われていることだ。
父にも兄にも。友達にも。何度となく聞いて、飽きてさえいる。
その程度のことを指摘したことで自分の全てを知った気でいる少年に腹がたった。

当時の腹の底をちくりと刺すような苛立ちとともに、思い出した言葉。
少年の目には、自分は"先輩"のように写ったのだろうか?
だったら彼はそんな自分を見ながら苛立たなかったのだろうか?
少なくとも、今それに直面している己は苛立っている。

"一度集中したら、それ以外見えなくなるやつだな。"



まさしくその通りだ。
"先輩"は今、自分しか見えていない。
真っ向から向かいくる真剣な眼差し。
研いだばかりの刃のように鋭いが、幸村の心に火を灯すには足りない。
このひとでは、ない。

相手をするならば、伊達政宗がいい。
今対峙している先輩が彼であれば、
どんなに心うきたつだろう。
竹刀を持つ手にも気合いが入るはずだ。

気を抜いているわけではないが、楽しめない。
うんざりするほど弱くもないが、倒したいと気概を持てるほど強くもない。

ああ、鬱陶しい。

先輩でなければ丁重に試合を断り自主練しているところだ。
部員同士の練習試合なんて、政宗以外のものと進んでやる気が起きない。

その政宗は、幸村よりも奔放な性格をしているので練習にも顔を出さず家に帰っている。
練習をさぼっているのではなく、部活の者を相手にしても強くなれないと見かぎっているのだ。

実家が剣道場なので、その道場の師範や師範代とレベルの高い練習をしているのだろう。

幸村は何度そちらに混じりたいと思ったか知れない。
しかし、政宗ほど不遜な態度を出来るわけでもないので、本音を抑えこみ気にそぐわない相手と練習を続けてきた。

見習うべきではないが、羨ましくは、ある。
陰でこそこそというものもいるが、幸村はそのような者たちのほうが嫌悪の対象だ。

――バジメ!

審判の旗をもった主審の声に、幸村は思考を打ち切る。
今は、目の前にいる相手に集中する。
何か考えながらでも勝てる相手だが、それは幸村の剣道に対する思いが許さない。
例えやる気になれない相手でも、"剣道"そのものを侮るようなことはしたくないのだ。

開始早々に面を打ち込んでくる。
幸村は竹刀で流すように返し、防御から素早く胴を打つモーションに入る。
相手は反射的に胴を守るために両腕で胴全体を隠すが、それはフェイントである。"先輩"が胴を守ろうと反射的に動いたときには、既に幸村はがら空きになった面へと攻撃の対象を移していた。
竹刀で弾いては防御が間に合わないと素早く判断し、相手は後方へ退く。
竹刀は面に当たったが、当たっただけで一本にはならない。まだ見極めが下手な一年の副審が旗を上げたが、他二人がすぐにそれを却下した。
幸村の気合いを込めた面、の声が道場に乾いた余韻を残す。
今だ最初の打ち込み以外攻撃に転じることが出来ない"先輩"が隙をうかがうように抜け目ない眼で見つめてくる。
中段の構えから剣先を互いに弾きあい牽制。
睨みあう二人。
しんとした二人を見つめる審判たちにも緊張が走る。
――と、発する気合いと共に同時に動いた。踏み込みの強い衝撃が道場を揺らすような錯覚に刹那に酔う。
それすらも一瞬。
すぐさまゆれる地震のような衝撃の直後に確実に脳天に響く一撃をくらう。
「一本!面有り!」
誰もが疑いようのない審判の宣言。
最初に面をとったのは、幸村だった。






09.05 四既