純粋で甘い恋愛を望んでいる方は見ないほうがお勧めします。
狂った佐助。うざい佐助です。痛いです。
それでもいいかたはどうぞ。







慶次は佐助が嫌いだった。

(男だっつうのに、めそめそして……)

昔はこんな男ではなかった。
誰が変えてしまったのかもわかっている。だが、慶次は佐助という男が嫌いだった。

このようになってしまったのは彼が招いたことなのだ。わかっているからこそ、慶次は苛立つ。

乱暴に脱がされたぐちゃぐちゃの制服。情け程度にひっかかったシャツの下には荒っぽく残された紅い痕。
それは、男が彼に残した独占の証。

「鬱陶しいぜ……?」

びちゃびちゃと濡れた汚らしい顔も。
白いものを纏わせ、交わりの名残を強烈に残すその姿も。

慶次の中で生まれるのは憎しみだった。一見して被害者に見える彼こそが加害者なのだ。

ひとりの人間の一生を無茶苦茶にしたのはこの男なのだ。

何故、ここまでされて、彼を解放してやらないのだ。

「そんなに犯られんのイヤなら逃げればいいじゃん」

「あとが怖いんだ」

殴ったり蹴ったりするんだ。と子供が母に訴えるように慶次に告げる。

がたがたと膝を抱えて、誰かが助けてくれるのをずっと待っている。

「殴るなり蹴るなりして反撃したら?」

「もっと酷くやり返される」

佐助は頑なだった。

拒んだら、逃げたら、また暴力を振るわれる。

「あんたが逆らわないからだろ。順番が逆なんだよ。何かしたからやられるんじゃなくて、何もしないから殴られるんだよ」

慶次の冷たい声に何処を見つめているのか定かではない瞳が大きく開き、謝った!何度も謝った!と誰にでもなく訴える。

「俺は何度も謝った。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。殴らないで、蹴らないで、ひどいことしないで、プライド捨てて子供(ガキ)みていな喋りかたで訴えた。謝った!でもやめてくれなかった!」

「それが鬱陶しいんだよ。わかんないかなあ……」

慶次は佐助を見下す。

昔は見ていてこっちが当てられるほど仲のいい二人だった。同性同士で付き合っているということもあり、二人が恋人同士と知る者はすくなかった。

それでも、二人の仲の良さは評判だった。

それが、ある日を境に、一変した。

幸村が佐助と付き合っているとは知らない女子生徒が、幸村に告白した。
無論、幸村はそれを断ったが、佐助の精神の箍はそれ以来外れたままなのだ。


『なあ、旦那。俺を捨てないでくれよ』

『当たり前だ。あの女子の告白は断った。俺にはお前だけだ』

『嘘だ!幸村はホントはそいつが好きなんだろ?出なきゃ、あからさまな呼び出しに応じたりしないだろ? 告白されるってわかっててその場所に行くわけないだろ?ホントはその女のほうがいいんだろ?俺のこと飽きたんだろ?嫌いなんだろ?』

『……佐助? なんでんなことになるんだ?あの場所に行ったのはきちんと会って断らなければ、呼び出したものが可哀想だろう?』

『嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だそんなの言い訳だ』

『……!なんなんだそれは!佐助は俺の言葉を信じる気がないのか!?』

『なあ。旦那お願いだ。誰が好きでもいいから俺と一緒にいてくれ。愛してるから。"俺は"愛してるから』

それは幸村が女子に告白されたという嫉妬から逸脱した狂った感情だった。

『俺の話を聞け!お前は俺を!』

『旦那の言葉は全部嘘だ』

佐助は涙を溢しながら言った。どれだけ幸村が訴えても、どれだけ幸村が言葉を重ねても、どれだけ幸村が感情を表しても、どれだけ幸村が佐助に愛を告げても、佐助は否定し信じなかった。

『旦那が俺を愛してるなんて嘘だ。俺を騙す気なんだろ?ホントはあの女がいいんだろ?』

けれど、佐助は続けるのだ。

『旦那がどれだけ俺を嫌っていても、俺は幸村を愛してるから』

暴力のような愛だった。
本当に愛しているのか疑いたくなるような言葉であった。
どれだけ幸村が切実に身を切るような想いを告げても決して信用しないくせに、自分だけは純粋で汚れのない真実の想いを抱いていると訴える。

幸村の全てをこめた、言葉をたくさんの愛しさを込めて告げた想いを、嘘だと否定し塵のように捨てて、心を全くうごかさないくせに、自分の抱く想いは本物であり幸村の心を動かすと信じてやまないのだ。

幸村の告げた、幸村の想いはどうなる?
抱いた感情が否定され打ち捨てられ、愛を抱いたほうが愚かなのだと笑われるような状況においやられ、自分の感情はひとかけらも拾われないのに相手の愛を受けいれ、その想いに応えたいと切ない胸で告げてもまた塵の扱いをされて。

永遠に信じられることのない愛を抱くのは、自分自身を否定されるにもひとしかった。誰よりも愛しいひとに自分を殺される状況にひとしかった。

幸村の心は佐助の関わりでずたぼろになった。否定されて一方的な愛を押し付けられ、それでも佐助への愛しさは消えず、全身が蝕まれるような鋭い痛みと自分を無くしていく恐怖に耐えていた。

佐助への暴力は自己防衛であった。
自分はどれだけ傷ついても愛する感情を消し去れなかった。
どれだけ犠牲を払い苦痛を感じても言葉を重ねても偽りのない想いを告げても佐助に信じられることはなかった。

幸村は佐助に嫌ってほしかったのだ。
暴力を振るい、傷付け、その罪悪感に脅え、また彼自身の傷を深くしながら、佐助に嫌われ憎まれることを祈り、この終わりのない苦しみから解放されたかった。

けれど佐助はおとなしくそれを受けいれた。ごめんなさい。と繰り返す言葉。抵抗もなく暴力は受け入れられ、その理由は幸村を愛しているからと返される。

なあ、幸村。愛してる。愛してる。どんなことをされても愛してる。

だから俺を捨てないで。

幸村の、苦しみは終わりをむかえなかった。
むしろ彼を蝕む病魔は進行を速めて幸村に痛みを与える。


「あんたさ、いい加減幸村を嫌ってあげなよ。なんでそんなにされてんのに幸村を嫌ってあげないんだ?
それとも幸村を罪悪感で縛ってるつもり?それってすごい悪趣味だぜ?」

「なんで……無理……俺はどんなことされたって……旦那が……」

「それって自分に酔っているだけじゃない?何されたって俺はあいつを愛してる。そんな俺って素晴らしいっ、てさ。質の悪いナルシストだよ。そんなものに幸村を巻き込まないでくれないか?」

「違う。違う。違う。違う!俺の想いはそんなんじゃない!俺は誰よりも旦那を愛してる!」

「嘘だね。あんたの自己陶酔が愛だって、ちゃんちゃらおかしいよ!」

慶次が高らかに笑う。愚者を見下す。

「慶次っ!」

泣いていたことを忘れたように佐助の目に憎しみが宿る。狂暴で凶悪な獣の瞳が慶次を睨みつけ、次の瞬間には慶次を渾身の力で殴っていた。

嫌な音がした。
奥歯でも砕けたのかもしれない。それでもかまわなかった。
慶次の言葉がゆるせなかった。
佐助が幸村に抱く感情はなによりも綺麗なものだった。
絶対に覆せない、自分の中の真実であった。
何をされても、誰を愛していても、変わらない、何にも犯されてはならない、口汚い言葉で罵られていいものではないのだ!

佐助は倒れた慶次に跨り、怒りのまま顔面を殴打した。

慶次の血が制服を濡らした。紅い血潮が幸村の残した痕に飛んで、はっとした。

これは"こんなもの"で汚していいものじゃない。

慶次の瞳は殴られても、怒りを消さなかった。
むしろ激しく燃え盛り、佐助を見据える。
不利な状況にあろうとかわらなかった。
慶次は佐助を許せなかった。

「幸村のあんたへの愛は否定するくせに自分のを否定されたら怒るんだ!おかしいよ!なにそれ!?馬鹿じゃないか!?」

口の中を切ったせいと痛みでか、話し方が少しおかしかった。けれど、慶次の言葉ははっきりと届いた。

言葉が耳に届いただけで、佐助の胸に響くものはなにもなかった。

「旦那は俺を愛してなんかいない」

「なんで否定する。なんで否定できる?なんで信じてあげないんだ?」

「信じられない。幸村は俺のこと嫌ってる。憎んでる。でなきゃこんなひどいことをするわけがない……」

「だから、順番が逆なんだ。あんたが信じないから、幸村はそうするしかなかったんだ」

「なんで……なんで偽りの愛を信じなきゃいけない?それを信じないからってなんで殴ったりするんだ」

「あんたに嫌われたいからだよ」

慶次の言葉は佐助の脳にびりびりと響いた。

佐助は乾いた笑いをうかべる。

「なんだ……やっぱり嫌われてるじゃないか……」

嫌われているから、憎まれているから、自分が訴える言葉を鬱陶しく思うのだろう。

その考えは佐助の中に確りと根付き幸村が自分を愛しているということがもっと疑わしくなった。

「違う! なんでそうなる!?」

「嫌って欲しいんだろう?幸村は俺の想いが鬱陶しくて仕方ないんだろう?」

「違うっ。あんたがそうだから幸村は何時までたっても解放されない!嫌いならあんたを気にしなきゃすむ話しだ。どれだけ愛してるなんて告げられても無視すればいいだけだ!それができないから、あんたを愛してるから!もう自分じゃどうしようもできないから!あんたに嫌われることで幸村は救われたいんだ!」

「……なんだよそれ。信じられねえよ!!」

「だったら俺も信じない!否定する。貶める。罵倒する!あんたの抱くものなんてくそったれのゴミみたいなもんだ!」

「……まだっ言うのかよ!!」


慶次はその一撃を避ける。
コンクリートの床を渾身の力で殴りその痛みに佐助はうめく。
その隙を見計らい慶次は佐助をひっくり返した。

「お前は信じないくせに幸村には信じて欲しいなんて虫がよすぎるんだよ……」

殴られた後遺症で口内が痛むどころか頭もくらくらした。殴り飛ばされたときに強くぶつけたせいかもしれない。

「愛してるっていうなら、信じろよ。それが愛じゃないのか?」

慶次は泣きそうな声で問うた。

「幸村は、信じてるんだ。疑ってない。どれだけあんたに否定されようとそのたびに傷付こうと、あんたが呪いみたいに吐き捨てる言葉を信じてるんだ!それをあんたは傲慢にあたりまえだと思うのか!?俺の愛を幸村が信じてあたりまえだと、そうすることが当然だと思うのか!?」

佐助は、言葉を失った。
慶次の言葉が、幸村の言葉を疑って当然と思っていた佐助の浅ましい心根をえぐり、自分が信じて疑っていなかった愛とかいう綺麗に見えたものがどろどろと汚らわしいものに思えてならなかった。

「俺はそんなもの”愛”と認めない。認めたくない」

佐助も認めたくなかった。
今まで信じていたものががらがらと崩れおちた。
俺は……俺は……

「なあ、早く幸村を嫌ってやれよ……そうでなきゃ、信じて、や、れ……」

慶次はいいおえる前に目を閉じ、佐助の上に倒れた。

「え……あっ……慶次!?」

佐助は慶次の体をだきとめ慌てる。頭を強かに打っていたかもしれないことを思いだし、揺すりそうになったのをとどめた。

どうすればいいのか戸惑っていたとき、不意にケータイが振動した。慌てて手にとる。そうだ。電話で誰か呼ぼう。
ケータイの画面を開けて、そこにあった名前に佐助は目を見開く。
誰かをよばなければならい。
その使命感に欲求が負けた。
メールの送り主の名前。

『幸村』

その二文字に。

佐助は震える指で幸村から届いたメールを開いた。













『今まで本当に悪かった。

ごめん。

愛してる。

信じて欲しい








さよなら』








忍は愛なんて分からない。
忍じゃなくても愛を信じられない。
でも、その代償に喪ってしまったものくらいは、分かる。
元は政親であったものを改造。


08.05 四既