「触らせないよ。俺以外」

 
佐助が考えるのは、いかにすれば主殿は自分以外のものに触れなくなるか、たったそれだけである。

真田忍隊長として、もっと頭を悩ますことはあるのだろうが、問題という問題は佐助にとって片手で片付けられるような些細なことしかたまっていない。
佐助が本気になれば一刻ほどで片付けられる仕事の量は、しかし配下の忍たちを圧迫する量である。
佐助は部下の仕事してくださいという叫びを無視し、自分にとって一番の難問についてうんうんと思い悩んでいた。

佐助の配下たる忍たちにとってはそれこそ解くのが容易い問題だと思うのだが、佐助本人はいっこうに気付いていないのだ。
灯台元暗しとでもいうべきか、佐助の鈍さが原因とでもいうべきか。
忍隊の面々は佐助が仕事しないことでたまっていく、仕事の山に、ひいひいと悲鳴をあげていた。

「これやっと北条から奪った密書なんだけど暗号が難しすぎる!早く解読しないと」
「才蔵さんが任務に失敗して敵国に捕虜にされたそうです!」
「奥州に行って得た情報を報告したいのですが」
「甲斐で内乱の恐れが!」
「織田が徳川と同盟を組み、甲斐に攻めいるとの情報を得ました」
「甲斐に織田との内通者がいます」

忍隊の仕事場はそこに忍がいるとは思えないほど賑わっていた。

「あーうるさい!いい策が思い浮かばないじゃないか!」

佐助は叫んだ。
佐助は北条から手に入れたという密書を部下から乱暴にひったくるとざっと目を通す。すぐに筆を持ち書面に流麗な字をさらさらと迷いなく書き、書きあがった書面を、大将に渡しておいてと部下に命じ、密書は破り捨てた。
佐助は数名の忍を呼び、隊の編成を組ませた。城の見取り図を取りだし、やはりざっと目を遠し、多分ここにいるから、と見取り図には何も記されていない場所を指指す。
そこは不自然に空白になっており、なるほど言われてみればそこがあやしい。佐助は何処ぞに何の罠が仕掛けてある、何処が一番守りが固いかなどてきぱきと指示し、才蔵を助け出しさえすれば後はあいつがなんとかするだろうからその前に死ぬなよと軽い態度で忍たちを送り出した。
奥州からの報告を受けると、佐助はまた紙に字を綴りはじめた。今度は些か乱暴で、几帳面な忍らしからぬ字である。どうやら誰かの筆跡を真似しているらしく、それを書き終えると奥州の家臣の某に矢文してこいと命じた。

「独眼竜はどうやら上杉に攻めいるつもりらしいね。お館さまと上杉の闘いを邪魔されるのも嫌だからね。しばらく内部で揉めてもらうか……」

忍の集めてきた僅ばかりの情報で推測し、打開策を素早く打つ。
佐助は忍の数名に、嘘の情報を流せと命じた。徳川が信長の命を狙っているという情報を漏洩させろ、あくまで徳川側から漏れたという形を取れ。同盟が破棄されないにしても罅は入る。
それだけ言うと、今度は内乱と内通者の情報を聞き、自分が外に行く支度をする。
すぐに帰ると行って、空の彼方に飛んで行った。

****

擦れ違うように幸村が忍隊の宿舎を訪ねる。

「佐助は?」

残された忍に尋ね、ついさっき出ていったばかりと聞くと、そうかと頷いた。
残念そうに少しだけ肩を落とし、ふと、佐助の使っていた筆に目をやる。
たくさんの筆があるなかで、よく佐助が使ったものにだけ目に入るな、感心する忍たち。
見慣れた光景なので、驚きはしない。
幸村はその筆をとると、鼻に近付け、佐助のにおいだ、とうっとりと呟いた。
狂気に似た好意が絡んだ伏せられた目の光に、忍たちは冷たいものを背に走らせる。
佐助の知らない、幸村の目。
それは虎でも紅連の鬼でもない、もうひとつの幸村の顔。
執着と独占欲の塊の男の顔だ。
そして、ひとしきりそのにおいをかいだあと、ぱきりと筆を折った。
佐助ではないものが佐助のにおいを持つことが許せぬのだ。

「それは?」

問うのは、信玄に渡すように言われた書状。
それを説明された幸村は、さらりと命じる。

「同じものを別の紙に写して燃やせ」

佐助が触れたものが、他のものに、例え敬愛する信玄でも、触れるのが許せぬのだ。

幸村は佐助が触れた見取り図を手に取り、発火し灰にした。ぱらぱらと散る灰を満足そうに眺め、笑みを刻む。

そして、忍のひとりに目をやった。

「お前」

「はい!」

恐怖するほどの艶を帯びた目に捉えられ、見つめられた忍はびしっと不自然なほど背を伸ばした。

「佐助に触れたな?」

それは死刑宣告と同様の言葉であった。
いえ、と忍は否定出来ない。
思い返してみれば北条の密書を取られたときに、ほんの少し指が触れたかもしれない。
たったそれだけ。
それだけのことすら幸村は見逃せない。

「その指、切り落としてやろう」

幸村は残酷な笑みを浮かべた。
****

甲斐にとって今後邪魔となるものたちを暗殺してきた佐助は、ふと、屋敷の外に誰かが立っているのに気付いた。
それは、誰だと考えるまえに、旦那だ!と佐助が小さく叫ぶほど焦がれている人影。
佐助はぱっと鳥から手を離し、下降する。自力で着地するまえに、幸村が着地点までいきなり走ってくるものだから、佐助は危ない!と悲鳴をあげた。

「危ないのはそっちだ。あんなに高い所から手を離しおって」

しっかりと佐助を抱き止めた幸村は、佐助に叱りつける。

「あの高さから飛び降りたくらいでどうにもならないって」

佐助は幸村の腕の中で、へらへらと笑う。

「だからと言って危険な真似をするな。寿命が縮む」

「平気だよ旦那。ねえ、それよりも……」

「なんだ?」

「血のにおいがするよ?旦那のじゃあないみたいだけど、何かあった?」

幸村は何もないさ、と穏やかな笑みを佐助に向けた。

「何かあったんだから血のにおいがするんだろ?」

佐助はそれでは納得しない。
佐助はむうと顔をしかめた。
隠しごとをされたこともあるが、幸村に血のにおいがあるということは、必然的に幸村が誰かにさわったということになる。佐助はそれすら許せない。

(どうすれば俺以外の人に旦那を触らせないでいられるのかな?)

その問の答えは呆気ないほど簡単だ。








佐助が誰にも触れなければいい。







070528




完全黒幸村。佐助微妙。以下蛇足にて切り捨てた部分

「……ねえ、旦那」

「ん、なんだ?」

「俺たち恋人なんだから俺の我が儘くらい聞いてくれるよな」

佐助の言葉に、幸村はにこりと笑む。

「勿論だ。好きなだけ言え。佐助の我が儘ならなんだって聞くさ」






「旦那には、触らせないよ。俺以外のひと」




佐助の我が儘に、幸村は深く笑みを刻んだ。











それはこっちの台詞だ。



……恋人同士だったんかい