あの日以降、佐助は幸村と距離を置くようになった。
二、三日は仕方ないと言い聞かせていた幸村だが、恐ろしいものでも見るような目で、逃げなくてもよいだろうと、苛々し始めていた。
忍の時のように、気配を読む力がないから、幸村が視界に入ってから逃げる。
佐助の視界に幸村が入るということは逆も然り。幸村は佐助を見つけるたびに、逃げられるのである。
好いている女のあからさまな拒絶。
そして、微かに胸の内に宿るのは、主としての思考。従撲に侮られているようで、屈辱を味わう。
走ればすぐに追いつけるものを、何もしていないのだぞ?
あからさまな警戒をそろそろ解けばいいものを!
幸村ばかりに気を張って、きっと才蔵の前では穏やかな表情をするのだ。
(腸が煮えくりかえる!畜生!あの時抱いてやれば良かった)
こんなふうに拒絶されるなら、逃がさなければ良かった。
嫌われるのがいやだから、力づくで押し倒さなかったのだ。
自分はあんなにも我慢したのに、佐助は勝手に怖がって。
(俺は獸(けだもの)扱いか!?)
(我慢してもしなくても、佐助が避けるなら、俺はもう我慢せぬぞ!!)
佐助が嫌だと抵抗しようが抱いてやる。
忍の力のない佐助をねじ伏せるなど赤子の腕を捻るよりたやすい。
幸村は怒気を露にして、佐助が針仕事をしている部屋に入った。
「佐助!これ以上某を避けるつもりなら、こちらにも考えが……!」
…………
あどけない横顔。
閉じられた瞳。
やわらかに開いた唇。
(…………………寝てる)
幸村は固まった。
いきなり出鼻をくじかれた。
(……佐助の阿呆)
額を抑えてうめいた。
このまま入り口でつっ立っているわけにはいかないので、幸村は眠る佐助の隣に座った。
手に持ったままだった針と布を奪う。
針は針刺しに刺し、布は裁たんで脇におく。
(よく眠れないでいたのだろうか?)
幸村佐助の頭を撫でた。
その瞳には案じる色が見える。
(佐助はずっと、不安を抱えているのだな……)
その不安を増長させる恐怖を佐助に与えて……
(佐助は今、ただのか弱い女性なのにな……)
自分ばかり被害者ぶって、佐助を責めた己の、なんて浅ましいことだろう。
(俺は男で、佐助は女。女はいつも弱い立場にいるから、自分に害を与えるかもしれない存在から、逃げたくなるのも当然か……)
(佐助は今、忍でないから、主従であると割り切り、俺と接することが出来ていないでいる……)
ふと、自分の考えに、思うところがあり、幸村は笑む。
「お主は某を男として認めているのか……?」
いつも、自分を子供扱いする佐助。
雛を守る母鳥のように自分に接する佐助。
その、心地良いけれど、男として歯痒い関係から、抜け出せたのだろうか?
そうであればいい。
「佐助、某はもう大人だからな……」
幸村は佐助の体に覆い被さり、耳元で囁いた。
「お主を一人の女として愛している、大人の男なのだ……」
切なげに細められた瞳は、仄かな欲情と溢れそうな愛情に濡れ、佐助に向けられた。
無防備に開いた唇に、己の唇を重ねる。
抵抗のないことをいいことに、やわらかい唇の肉を食む。佐助を起こさないように、穏やかに。けれど、自分の欲望を満たすために、長く。
触れるだけの口付けをしばらく続けると、やがて名残惜しげに離れ、佐助を残し幸村は部屋を出ていった。