屋敷の外から、聞き覚えのある声が聞こえ、庭にでた。

小春日よりの日が穏やかにそそぐやや茶に近い緑のなかで、佐助がややを抱いていた。

愛しそうにややを優しい目で見つめ、子守り歌を歌っている。

誰の子かと問うと、仲間のくの一のなんとかという者のややだと答えた。

かわいいか?と問うと、そりゃかわいいよ、といつもの軽い調子で返された。

ややは欲しいか?と問うと子供が出来ると、身動きがとれなくなるからいらないと返された。

「某は欲しい」

幸村が言うと、あんたには出来ないと困るでしょ、と苦笑された。
「佐助は、いらないのか?」

いらないよ。

「某は欲しい」

二度、同じことを言うと、佐助はややに向けていた目を幸村に向け、眉をしかめた。

「旦那、あのさ……」

「某は佐助が俺の為に産んでくれたややが欲しい」

佐助はしかめっ面になり、幸村に強い語調で言った。

「俺を口説くのは、ややがどういう風に出来るか、理解する年齢になってからにしなさい」

「ややは、仲のよい夫婦に、天神様が授けてくださるのではないのか?」

真面目に言う幸村に、佐助は大笑いし、後にその話しを聞いた信玄や武将たちにも爆笑された。


まだ十歳だった俺は、佐助の言う意味を理解出来なかったが、今は……






「佐助、某はお前に某のややを産んで欲しい」

佐助の針を持つ手に自分の手を重ね、真顔で言った。
佐助は長い、長い、溜め息をついた後、

「旦那、飛躍しすぎ。せめて、好きだ、だの愛してる、だの、百歩譲って結婚してくれ、くらい言えないの?」

佐助は半眼になって幸村を睨みつける。

「あんた、俺の体が目当てなの?」

と、佐助は直球に聞いてくる。(それこそ、飛躍しすぎな考え方だと、影で二人を見守っている忍は思った。やや=肉体関係、になるとは、もう少し純粋に受け止められないのか、と)

幸村はぶんぶんと首を降った。

「違う、ただ昔のことを思い出しただけだ」

(たまに、佐助のことを襲いそうになるが)

その本音は言えるわけがない。軽蔑されたらたまらない。

幸村の内心の焦りに気付かず、昔?と佐助は首を傾げる。
その仕草の可愛さといったら、有無を言わさず抱き締めて接吻してしまいたいほどだった。

幸村はぐっと我慢する。

本能のまま動いて、佐助に嫌われるのは駄目だ。


「昔、ややがどのように出来るか理解する年齢になったら口説いていい、と言っていたではないか」

「口説いていい、とは言ってない。というか、主が忍を口説くな」

佐助はしかめっ面になる。悪いことをした子供を叱る、母親そのものの表情である。

「今は忍ではないではないか」

幸村の最もな言い分に、佐助はうっとつまる。

「いいの!体はそうじゃなくても、心は忍なの!」

「冷静さを忘れて屁理屈にもならない言い訳を平気でまくしたてる者が、心まで忍と言えるのだろうか?」
淡々と幸村が突っ込みを入れると、手を握られたままでいる佐助は、頭を使って反撃に出た。

ごつっっ!

「いっつう……」
幸村は生来の石頭なので、佐助のやわな頭突きは効かなかった。

かえって佐助が痛がっている始末である。

涙目になっている。

「大丈夫か?佐助!?」

幸村はあわてて佐助の額に手を当てた。

「いたた。旦那の石頭」

「すまぬ。大丈夫か!?」
悪くもないのに罪悪感を感じ、謝り倒す。

「いいよ、別に。俺が悪いんだし。それよりも、旦那」

佐助が急に真面目な顔になって幸村を見つめた。

幸村はそれにどぎまぎと胸を鳴らし、なんだ、と返す。


「まさか、十七になってようやくややの出来方が理解出来たわけ?」

本気で心配している様子の佐助に、幸村は肩を落とした。

「違う……安心しろ。十四の頃には知っていた」

「……へえ。じゃあ、経験あるの?」

興味津々と尋ねる佐助に、更に肩を落とす。

(破廉恥だ……)

何故真っ昼間にこんな会話を、と思わないでもないが、真っ昼間から佐助に対して不埒な妄想を浮かべているので、何も言えない。

「……ある。十五の時にお館さまに、遊郭に連れていかれた」

「そうなの?全然知らなかった」

佐助は驚いていた。

(そういえば、お館さまが某を遊郭に連れていくのは佐助が任務で離れている時だけだな)

だから佐助は知らないのか、とふに落ちる。

「そうか。俺の知らない間に旦那は大人の階段登っていたんだね」

佐助はそうかそうかと頷いた。

「そうだぞ、佐助。某はもう大人なのだから、子供扱いするなよ」

幸村が胸を張ると、何処がと言いたそうな表情で佐助は笑った。

それに幸村はむっとして、「佐助はどうなのだ」と問うた。

忍なのだから、男性関係は豊富なのだろう。聞いて腸煮えくりかえる思いがするのは自分だ、と気付き幸村は後から後悔した。


けれど、佐助の反応は幸村の予想と違っていて、

「な、なんてこと聞くのさ!」

佐助は顔を赤くしてあわてた。

その様子に勘付く幸村。いらぬところでさとい彼は、笑みを深くした。

「お主、人をあれだけ馬鹿にしておいて男を知らぬのか?」

喜々とした顔で問われる、あまりにも不躾な内容に佐助は、

「旦那なんて大っっっ嫌い!」

拳で殴る以上の衝撃を与える、会心の一撃をくらわしたのだった。





続く