幸村の顔を見ることが出来ず以前のように逃げ回っていたが、幸村から会いにくる回数が減ったせいか逃げる回数も減った。
それに佐助はほっとする反面、寂しさを抱えていた。
佐助の中で息吹をあげた暖かで仄かに暗い感情は、佐助の胸を狂おしく焼き、元から不安定だった佐助の精神を揺らめかせる。
前回、幸村なりに佐助が逃げる理由を納得したせいなのだが、佐助は自己嫌悪に陥る。
(自分で逃げ回っているくせに、会いにきてくれないことをさみしがるなんておかしいよなあ)
自嘲して、佐助は日課である仕事を始めようと立ち上がった。
考えていても、せんのないことだ。
いっそのこと顔を合わせないほうがいいのかもしれない。あんなことを言われた後で、どんな顔をして幸村に会えばいいのか分からない。
自分を偽るのが苦手になった今の佐助ではきっと顔を赤くして訝まれるのがおちだろう。
広い屋敷の中をゆっくりと歩く。そうすることで何か見えることがあるかと言われれば、何もないわけだが。
忍ばずっぷりは半端ではないので、すぐに誰かに見つかる。
忍として動いていたときは、誰にも見られずに屋敷を動きまわっていたから、新鮮と言えば新鮮か。
忍の力を失って、変わってしまった生活と自分。
佐助はあと一ヶ月ちょっとの辛抱だ、と自らを励まし佐助は井戸に向かった。
緑色の草木が太陽の光を反射し、眩しいくらいに輝いている天気。
水浴びしたらさぞかし気持ちいいだろうなあと体温調節が難しくなった体に掌を振って生温い風を送る。
着いた井戸の中に水を引き上げるための桶を落とす。
井戸水をくみあげようとしたとき、いつもとは違う感覚ぬ佐助ははっとする。
「重くない……」
いつもであれば水を汲み上げるにも女の貧相な腕力では苦労していた。それが、まだ重さを感じるとはいえ、苦労するほどのものではなくなっていた。
筋肉がついたか?と一瞬思ったが、急に、感じる重さが変わるほど筋肉がつくはずない……
「もしかして」
力が戻っているのか?
二ヶ月ほどで術の効果は切れると言われた。
それは二月たてば一が百に一気に戻るようなものではなく、
(徐々に術の効力が消えていくのかもしれない……)
少しづつ、今この時も封じられた力が戻ろうとしている。
光明が見えた。
(これなら思っていたよりもはやく復帰できるかもしれない)
忍として最低限必要な力が戻れば……
(こんなみじめな思いをしなくてすむ)
佐助は知らず拳を握っていた。
****
仕事を済ませ、佐助は才蔵のもとへ向かった。
力が戻りつつあるという確信が、佐助に笑みを刻ませる。
「才蔵!」
勢いよく彼の部屋に入ると、部屋の主は心底嫌そうな顔で佐助を出迎えた。
「なんの用だ?」
寝るなら他の場所で寝ろよ、と今回の目的とは外れたことをぼやかれて、佐助は
違うと首を振った。
「確かめたいことがあるから付き合ってほしいんだ」
佐助は女中が着る着物ではなく動きやすい忍装束に着替えていた。
「……力がもどったか?」
才蔵はそれで察したのか佐助に問う。
「多分、ね……ちょっとだけだと思うけど……」
才蔵は佐助の曖昧な返事を鼻で笑い、それを確かめるわけか、と顎をしゃくる。
ああ、と返ってくる答えに才蔵は笑い、
「では、使いものになるかどうかだけは確かめてやろう」
立ち上がる。
完璧に力が戻るのはまだ先だが、少しでも力が戻れば佐助は忍隊への復帰を願うに違いない。
今、才蔵が確かめて使えると頷けば……
(躊躇わず忍の仕事に切り替えて働くな)
幸村がそれを知ればおおいに怒るであろう。
佐助が忍隊に戻るためには力云々以前に幸村をどういさめるか、が重要だなと心中で呟く。
(そこは佐助に頑張ってもらわないとな)
続