言葉だけじゃ足りなくなる。そんなの最初からわかっていた。

***


償ってよ……

なあ……


***

そんな言葉を吐く資格なんてないことくらいわかってる。

優しい貴方の心につけこんで、家臣にあるまじき不敬な言葉の数々。

でも、罪の意識で貴方を縛りつけることが出来るなら、俺はその鎖を離せない。

俺は俺の側に居てくれる人を自由にさせるなんて出来ない。


言葉だけじゃ足りない。


直に己に触れてくる手が欲しい。

なあ、俺を抱き締めてよ……


***


佐助が見せるようになった、今まで知らなかった一面は幸村を戸惑わせた。


「なあ、抱き締めてよ……」

佐助に乞われ、幸村は佐助の細い体を抱き締めた。壊れものを扱うような、慣れない様子で。

「もっと乱暴にしてもいいんだぜ?そんなにやわじゃないんだから」

佐助はそう言うが、細い体は幸村の不安を増長させる。

下手に扱ったら、怪我をさせそうで怖い。

触れるように優しく佐助の体に手を回しているだけの幸村に焦れて、抱き返す佐助の力は強かった。

「ね、もっと腕に力込めて、さ。旦那の体温を感じさせてよ……」


甘えた声。
男を誘う、艶めいた表情。
こんな佐助、知らない。


幸村に見せる表情は、母のように優しい笑顔と、厳しく冷酷な忍の顔。


初めて見る佐助の"女"の顔。

その差に頭がくらくらする。


どうすればいいのかわからない。


今が夜で、本当に良かったと思う。


情けない表情をはっきり見られないですむし、佐助の色っぽい顔をはっきり見ないですむから。


まあ……昼に佐助が迫ってくることなど、絶対にないのだけれど……


昼間は忍隊の長としてしっかりと仕事をする。いつものように瓢々とした態度で幸村をからかい、側にいる。

昼と夜の格差に、幸村はいまだ慣れない。

「ね、旦那……」

「すまぬ……佐助……」

ぴたりとくっつく佐助の体に耐えられなくて、やんわりと佐助の体を離した。

それに傷ついた様子もなく、佐助はくすくす笑う。

「ふふ。やっぱり旦那は初だね。自分が悪いことしてるように思えるよ」

でもね、そう続け、

「許してやらない。なあ、旦那。あんたは俺に償わなければならないんだ……俺は旦那を、許さない……俺から大切なひとを奪ったあんたを……」

きつく、きつく、離されることを拒むように、腕を幸村の体に絡ませる。

幸村は何も言えず、口を閉じ、腕をだらりと下げていた。

「愛してるって、言ってよ……約束したでしょ?温もりをくれるって?一緒に居てくれるって?ねえ?」



『アイシテル』


嗚呼、なんて悲しい言葉。
愛なんて込もってない、自分にすがる女を慰めるだけの……



(晶、お前の言った通りだ……佐助は弱い……)


腕っぷしの強さだけなら幸村と張る。

けれどその心はとても脆い。



嗚呼、なんて……


(なんて……、なんなのだろう……)



佐助の弱さが無性に悲しかった。


「愛して、る……」

たどたどしく告げた言葉に応えるように、佐助は体を幸村にすりよせた。

「もっと、言って……」

(『愛してる』その言葉だけが欲しい……)

偽りでもいい。

偽りの愛で俺を優しく騙して。



その言葉を聞くときだけ、俺は存在を許されてる気がするんだ……



誰かから求められて、ようやく不安が消える。


誰かから求められるために、誰かを求める。


こんなもの愛じゃないことくらいわかってる。

ただの我が儘だ。


それでも、求めてしまう、俺を許してなんて、言わないから。

憎んでいいから。


「もっと言って、強く抱き締めてよ!」

(晶……あんたなら何も言わずに、俺を抱き締めてくれた)

(晶……あんたなら何も言わずに愛の言葉を囁いてくれた)


嗚呼

嗚呼、

嗚呼。

なんてもどかしいのだろう。

目尻に知らず涙がたまった。

なあ、速く言ってよ!

不安で不安で仕方ないんだ!



切実に、求める佐助の顔に、幸村は動揺する。

偽りでいいと言っているのに。

本気でなくていいと言っているのに。

ただ単純な言葉を告げればいいだけなのに。


このようにせがまれる度に幸村はどうすればいいか分からなくなる。

体が固まって、唇も動かなくなる。


(違う、違う、違う!)

叫びたくなる。

心の奥底から突き上げる衝動。


何が違うのかは自分でも分からない。

愛していない人に偽りで愛を囁くことが?


喉に引っ掛かる不快感。


佐助に伝えたいことがあるのに、言葉が見付からない。



「旦那……」


こわれてしまいそうなんだ。

からからに渇いているんだ……



俺のちっぽけな心と体を、あんたの言葉と体で潤してくれよ……



速く……



「愛してる……」

その言葉を漏らしたのは、幸村ではなく、佐助。
幸村は驚き、じっと佐助を見つめる。

「なあ、旦那……?」

泣いていたときの表情を一変させ、悪戯っこのように笑む。


「愛してるよ……」


嘘の愛を求めているだけじゃ駄目なら、俺は嘘の愛を与えるよ?

「愛してるから、あんたも俺を愛してくれよ……」


我が儘で、自己中心的で。
そしられてもいい。
なじられてもいい。




俺は一人ぼっちにならないためなら、なんだってする卑怯者なんだ……



さあ、俺を抱き締めて、偽りの恋人関係に酔おうじゃないか。