馬を走らせている幸村。

主の姿を見付け、佐助は急いで踵を返した。彼と合流するために急いで走っていたのに、すれちがいなんて冗談じゃない。


「旦那!」

佐助は声を張り上げた。

必死に姿を求めていた忍の声。

それを聞き逃す幸村ではない。

幸村は即座に馬を止めた。声の聞こえた方向に向かって、叫ぶ。

「佐助!」

大切な忍が、走ってくる。それを見て、ようやく幸村は焦燥から解放された。

体の中には、大切な忍を失ってしまうのではないかという恐怖の名残が今だ脈打っている。


佐助の存在を"確か"に感じたくて、幸村は馬を降り、駆け寄ってくる佐助を抱き締めた。

「旦那・・・」

佐助の吐息のような声が、耳にかかった。

その声を聞いただけで、体の奥がかっと、熱をもった。

「佐助・・・」

体の中の熱を吐きだすかのような、ひたむきな声。

恋人の名を呼ぶ時のよえな甘さを含んでいて、佐助は動揺する

 

強く抱き締められた。
その、伝わる力の強さと、熱が、どれだけ幸村が佐助のことを心配していたかを教える。

背中に回された二本の腕(かいな)。逃がすことを許さない、その力に、あらぬ錯覚をしてしまいそうになる。

「無事で良かった・・・」
佐助の胸が、締め付けられる声。

「旦那、俺は大丈夫だよ」
佐助は子供をなだめるような、優しい声で幸村の背中に腕を回し、ぽんぽんと叩く。

「ご覧の通り、怪我はないし」

そして、やんわりと、幸村の抱擁を拒絶する。


女とばれないかという心配と。

自分が"忍"を忘れて"女"に戻ってしまうのではないかという不安が。


幸村に触れられることを恐れさせる。

 

 


(俺は旦那の忍で、道具だから)


だから・・・

 

好きになっちゃ駄目なんだ。


好かれてるなどと、自惚れては、駄目なんだ。


幸村の胸に手をおき、ゆっくりと突き放す。

幸村の腕の中に居るのは、苦痛でしかない。

何度も何度も、自分を貶めて、気持ちを殺して。耐えて。

(俺は、これ以上、貴方を好きになりたくない)

ただ、主として敬愛し、忍として使えることだけしか望んでいない。

幸村を、"男"として見たくない。

忍である自分が任務以外で、"女"に戻ることなど許されない。

"忍"が主に惚れることなど、許されない。

叶わない想いだとわかっているから、

苦しくてつらい。

わかっているのに膨らんでいく、この気持ち。

幸村のことを好きになればなるほど、後がつらいというのに・・・

(お願いだから、俺に夢を見せないで)


自然に、体が離れていくように、細心の注意を払いながら。

佐助は、心の中で泣いた。

両手を挙げて、ね、と笑顔をはりつける。

「大丈夫だろ?傷ひとつない」

佐助は、『平静を装い』いつものように軽口をたたく。

「だいたい、旦那は俺のこと心配しすぎ。いくら、俺がなかなか来ないからって馬を走らせてまで探さなくてもさあ」

「佐助」

真剣な表情の幸村に、佐助は失敗を悟る。

幸村には、軽い態度でごまかせるものと、そうでない場合がある。

後者の場合、同じく真剣な態度で返さないと、とても居心地の悪い思いをする羽目になる。


「無事なのはわかった。安心したでござる。だが、だったら何故伊達殿に拐わかされたりするのだ?」

「そ、それは」

「怪我でも、したのではないかと、俺はとても、心配したのだぞ」

真摯な瞳。

かわせない。

逃げられない。

誤魔化せない。

一体何故?

と、問う主。

いつもなら、簡単にやりこめられるのに。その目で見られると、佐助の思考は麻痺する。

正直に言う他なくなる。

「体調、崩し・・・てて、・・・敵を倒した後に、倒れちゃったんだ。その時に伊達の旦那捕まった」


と・・・


ぽつり、ぽつりと、恥じるよいに、幸村を恐れるように、語った。

忍失格だよね。
そう言って笑って、流せるものではなくて・・・

幸村の瞳が、怒りに染まっている。

自分を、心配するが故の怒り。

その視線を真っ向から受け止めることに耐えきれず、佐助は顔を背けた。

「具合が悪いなら、何故俺に告げない?」
「言ったら、旦那の隣で戦わせてくれないだろ?」
「あたり前だ!戦場は 一瞬の油断で死ぬところだ。そんなところに、具合の悪い佐助を、連れていけるわけがない!」
「だから、言わなかった」
難くなに、幸村と目を合わせようとしない佐助。
子供のような態度の佐助を見つめ、幸村は静かに問うた。

「佐助・・・、俺は、そんなに頼りない主か?」

その問いに、佐助はバッと幸村の方を向いた。

目があった。

氷った炎のような、静謐な美しい光を宿した瞳に、意識が飲み込まれそうになった。


「具合が悪いのをおしてでも、側にいなければならぬほど、俺は頼りないか?」


普段の幸村は子供のようで、単純で、すぐに暴走して。放っておけないけれど。
でも、頼りないのとは、違う。

戦場に立つ幸村は、雄々しく、勇ましく、逞しい。

赤く燃える炎のように、輝いている。


佐助は、正直に答えた。


「いいえ」

「では、何故だ?」

 

佐助は黙っていた。

質問には答えず、また目を反らす。

 

 


貴方が好きだから、と告げられたら。


だからずっと一緒に居たいのだ、と告げることができたならば。

 

 

 

俺は貴方に、唯一の答えを返せるのに。