政宗は気絶した佐助を自分の前にのせ、馬に跨り、たずなをとった。
何も考えずに、佐助のもとに来てしまった政宗は、特にすることもない。
どうしようか、少し迷ったが、すぐに答えを出す。
(連れて帰るか)
武田の忍ということは、武田の情報を持っている。連れ帰って得はあっても、損はない。
(tike aut.)
お持ち帰り決定だ。
恩人だろうが、兄弟だろうが、親子だろうが、関係ない。
敵に勝つためなら、どんな人間でも利用し、殺すのを躊躇わない。それが戦国武将だ。
「ん・・・」
風が冷たかったのか、腕の中の忍はぶると体を震わせた。
「ち」
ほとんど無意識に政宗は舌打ちし、佐助の体に覆い被さった。
ふわりと森の匂いが、政宗の鼻をくすぐった。
あれだけ人を殺して、血の臭いがしないのは、忍だからだろうか。
抱き心地がいい体だった。
それに惑わされたわけではないが・・・
自分は、この忍に。本当に酷いことができるのか?
少し、不安になった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そろそろ佐助と合流してもいいと思った頃合いになっても、佐助が来ない。
幸村はいぶかしみながら、結局一人で敵の大将を倒した。
それでも佐助は来ない。
幸村は不安になった。
(まさか・・・佐助・・・)
嫌な予感がした。
(いや、佐助が負けるなんて有り得ないでござる)
だが、だったら何故来ない・・・
音もなく近付いてきた気配。
「幸村さま」
低い、男の声だった。
期待していたものとは違う。
「なんでござるか?才蔵」
佐助が幸村の右腕なら、才蔵はその佐助の右腕だ。佐助が一番信用して、佐助が任務でいないなど、この才蔵が幸村についている。
「佐助が、伊達政宗に拐かされました。如何いたしましょう?」
才蔵はあわてた様子もなく、淡々と言う。
幸村は耳を疑った。
「・・・もう一度」
「佐助が、伊達政宗に拐かされ「佐助が拐かされた!?」
幸村は叫んだ。
「一体何故!?何処の誰に!?」
動転する幸村とは反対に、才蔵は憎らしいほど冷静だ。
「我が軍の戦いを偵察に来ていた伊達家の主に、です。忍は情報を多く握っていますから、それを聞き出すつもりなのかもしれません」
しかしご安心を、と才蔵は付け足す。
彼の冷静な態度と加わって、幸村は多少落ち着くが・・・
「敵に情報を漏らすくらいなら、佐助は自決の道を選びます。武田には不利益はないかと・・・」
ぶちり、と幸村がキレた。
「拙者はそのようなことを心配しているわけではない」
きつく見下す目に、才蔵は背中に悪感を覚えた。
「申し訳ございません」
頭を下げる才蔵。
幸村はそれを一瞥し、再び問う。
「それで、佐助は今、何処へ?」
◇◇◇◇◇◇◇◇
冷たい風を顔に感じた。
そのくせ、背中はやけに暖かい。
馬が駆ける音。
風を切るように進んでいく。
(・・・・・・・・・・!)
佐助はすぐにおかしいことに気付き、目を覚ました。
「なんで伊達の・・・独眼竜の旦那は俺をのせて馬を走らせてるのかな?」
慌てた様子など見せず、状況をすぐに把握し、佐助は冷静に尋ねた。
「ああ?目覚ましたか。もっと寝てても構わないぜ」
「いやいや、寝れないから。とりあえず、下ろしくんない」
「no.わざわざ連れてきたのに、ここで逃がすはずないだろ」
(なんだかなあ)
佐助は心中でひとりごちた。
ひと眠り(正確には気絶)したおかげか、頭がすっきりしている。
腹が痛いのは相変わらずだが、先ほどよりずいぶんましだ。
逃げ出すことは容易い。だが、この横暴な男と会話してみたくなった。
今後、伊達との戦いになったとき、参考になるかもしれないしね。
忍としての性が、佐助を動かなかった。
「ねえ、竜の旦那は俺を連れてって、どうする気?」
「訊かなくても、忍ならば分かるだろう?」
「"忍"ね。武田の情報なら、死んでも漏らさないよ」
「ふん。いずれ吐きたくなるさ」
「その前に自分で死ぬし」
物騒な内容を軽やかな微笑のままに言う。
政宗はそれを見下ろし、冷たい声で尋ねた。
「おい、武田の忍」
「なに?」
「お前はなんで女なのに、男の格好なんてしているんだ?」
その台詞に、佐助の体はびくりと反応する。
(ああ、でも、これだけ密着すれば、流石に分かるよなあ)
忍の冷静さを一瞬忘れた自分に舌打ちをする。
女と気付かれたなど、大したことではない。
「この俺さまが答えてやったんだ。お前も答えろ」
やれやれと佐助はいった。
「特に意味はないよ。ひとつあるとすれば、旦那の為かな」
「旦那?」
忍がまさか主を気軽に『旦那』と呼んでいるとは思わなかったのだろう。
政宗は怪訝そうな顔をする。
「真田幸村さまのことだよ。あの人を守るためにね」
「why?それがなんで、男の格好をする理由になるんだ?」
「女だって知られたら、旦那は俺を戦場に出してくれない。守られるのだって嫌がるだろうから」
政宗は笑った。人を馬鹿にするような笑いかたに、主を汚された気がして、佐助はむっとする。
「feministってやつか」
「ふえみ?なんだか分かんないけど、そういう深刻な理由が俺にはあるわけ」
瓢々と言う佐助。政宗は思案し、ああそれならば、とさらりと言う。
「だったら、俺のことを守れ」
「は?」
佐助の顔が信じられないとでも言うように歪む。
「拷問でもして、武田の情報を聞き出そうと思ったが、やめた。お前、伊達に降れ」
「・・・冗談」
忍というのは、表情もない、人形のようなものを政宗は想像していた。むしろ、伊達にいる、政宗の知る忍は皆、主の命だけを聞く人形のような奴しかいなかった。
しかし、政宗の腕の中にいる忍は、こちらが唖然としたくなるほど表情豊かで、今もぽかんとした顔で政宗を見つめている。
「冗談なんなじゃねぇ。本気だ」「馬っ鹿じゃない。俺は旦那を裏切る気、ないよ」
そう言うと、するりと政宗の腕の中から抜け出してしまう。忍の早業だった。
「な!」
まさか、走っている馬の上から逃げだすと思っていなかった政宗は、絶句する。
「しゃあね。独眼竜の旦那。次に会うときは、戦場で」
姿を見せず、声だけを残していく。
「くそっ!」
自分の思う通りにならない忍に政宗は舌打ちした。