まだ、忍としては若く、大層な仕事などまわってこない。
それを歯がゆく思いながら、佐助は武田の領に帰る道を急いでいた。
常人では通れそうにない、鬱蒼とした獣道。
そこを苦もない表情で、武田の忍――猿飛佐助は走っていた。
忍の仕事と言えば、諜報など、影の任務だ。
しかし、今回佐助に与えられたのは、奥州伊達家へ書簡を届けること。
・・・大した任務ではない。
今年で、もう十九になる。
別、認めて欲しいわけではないけれど、そろそろ大きな、危険の伴うような仕事を任せてくれないかな。と、思う。
戦乱の兆しがある。
佐助の、第六感というべきものが、それを捕えていた。
今とて、戦乱の時代だが、それ以上に大きな戦がおこる予感がする。
全ての国を巻き込む争いが・・・
(俺が、武田の役にたてる時がようやく来る)
佐助はそう思い、唇をつり上げた。
◇◇◇◇
(あれ?)
緑で占め尽された視界の中に、違う色が飛び込んでくる。
子供が倒れていた。
(む?)
肩で荒く息をしていた。
よく見れば、血が流れている。
・・・だが、問題はそれよりも。
(毒か・・・)
一目で看破し、ため息をつく。
見つけたからには、放っておけない。
自分の主と同じくらいの・・・むしろ年下で、見捨てて後味の悪い思いをするのは嫌だった。
症状を見ただけで、それがなんの毒か、佐助は見破り、隠し武器とともに携帯する薬草を取り出す。
とりあえず、薬を飲ませようと思い、仰向けに倒れている子供を抱き起こした。
真っ先に佐助の目に入りこんできたのは、死人のような肌の色。そして・・・
(眼帯)
片方の目が、眼帯で覆われていた。
(そういえば、伊達家の長男は眼帯をしてるって言ってたな)
普通の民には触れることのできぬ、仕立ていい服を着ている。
だいたい、刀傷があって、毒で死にかけてるなんて、
(一般人じゃあないよねえ)
そんなことを思いながら、佐助薬を口に含んだ。
子供自身の力で飲ませるよりも、その手段のほうが早いと思ったからだ。
躊躇わず口付け、薬を子供の体へと流し込む。
ごくん、と喉が鳴ったのを確認して、佐助は唇を離した。
「次は傷か」
深い傷ではないが、毒によって傷口がどす黒く変色していた。
「このくらいなら、すぐに治るね」
毒、薬、共に精通している佐助は、そう判断をくだし、(民間に伝わっている、一般的な療法では完治までに何ヵ月もかかるだろうが)慣れた手付きで治療を始めた。
佐助は治療に集中していて、子供の目が覚めたことに気付いていなかった。
(誰だ・・・こいつ・・・)
ぼんやりとした視界。
ほんやりとした意識。
(見ない・・・顔だ・・・)
一度見たら、忘れられないような顔立ちだ。美しいというよりも、かわいらしい、・・・若者。
細い体。
まだ、成長しきっていない自分が抱き締めたただけで、壊れそうな体。
(綺麗だ・・・)
自分の置かれている状況も忘れ、見とれる。
しかし、べったりと体にまとわりつく、不愉快な己の血を感じ、ようやく彼の思考は明瞭としてきた。
「誰だ・・・てめ、え」
声をあげられ、びっくりした表情で佐助は顔をあげる。
しかし、その表情もすぐに消える。
てめえ呼ばわりされたにも関わらず、にっこりと笑って、「あ、目、覚めた」と気軽に話しかけた。
若様なら、偉そうな態度も当然だろう。
もともと、下の位置にいる忍は、横柄な態度など慣れている。
武田が特殊なことを知っているので、「命の恩人に向かって、てめえはないんじゃない?」なんて、皮肉は口にしない。
だが・・・
「俺を殺すのか?」
検討違いのことを尋ねられ、吹き出しそうになった。
「俺、あんたの手当てをしてんのに、なんでわざわざ殺さなきゃならないの?」
それにあんたを殺しても俺にとっては意味のないことだし、と付けたして、相手にしていられないとばかりに、治療を再開した。
(治療・・・?)
どうやら自分は、この、何処の誰とも知らぬ輩に助けられたと悟り、大人しくすることにした。
正しくは、怪我とまだ体に残る毒のせいで、動けないいだけなのだが。
毒と傷により疲労しているせいか、眠くなってきた。だが、このまま眠りに落ちたら、二度と目が覚めない気がして、目を閉じることができなかった。
「大丈夫だよ」
恐怖と戦う彼に、声が落ちてきた。
やさしい声だった。
「眠ってもいいよ」
頭を撫でられた。
母親のような手付きで。
彼の目から、涙が溢れた。
「母上」
その、暖かさは、自分がずっと求めていたものだった。
◇◇◇◇◇◇
政宗が次に目を覚ましたとき、飛びこんできたのは心配そうに己を見守る家臣の姿。
見知った己の部屋。
「政宗さま!」
わっと泣き出した小十郎。
いつもとは違う光景に、政宗はようやく、今までのことを思い出した。
(刺客に殺されかけて・・・その後、誰かに助けられて・・・)
そして、はっとする。
「あいつは!」
政宗は小十郎の肩を掴んで揺さぶる。
「あいつ?」
小十郎は首を傾げた。
「俺を助けた奴だ!」
ああ、と小十郎は頷く。
「橙色の髪の・・・」
そう、奴の髪は夕日のようなオレンジ色だった。
「武田の忍ですね」
「武田の忍・・・だと?」
そうです、と頷く。
「今朝、書状を届けに来た者が、自分の領に戻る途中で偶然にも政宗さまを見つけ、ここまで貴方を運んできたのです」
「武田の忍が・・・俺を・・・」
「それはともかく」
小十郎は表情を改め、話題を写す。
主を助けた忍に対し、感謝の気持ちもないらしい。
「政宗さまを襲った刺客ですが・・・「いい、検討はついてる」
政宗は強引に打ち切る。
考えずとも、わかった。
(母上・・・)
何故、貴方はそんなにも、俺のことを憎むのですか?