「旦那」

冷たい声音で、呼ばれた。
幸村はそれが嫌で仕方なかった。

かつては、暖かさすら感じた声だというのに。

(俺の、せいか……)

責めることは出来ない。

最初に拒んだのは自分なのだから。

心を閉ざされても、仕方がない。

「佐助か、入れ」
す、と襖を開け、佐助が部屋に入ってきた。

膝をつき、頭を下げ臣下の礼をとる。決して目を合わせようとしない。

それに幸村は眉根をよせる。

ひとがいるところではあの瓢々とした態度を崩さぬくせに、二人きりになると主と忍の型にぴちりとはめる。

冷徹な忍の態度に苛つく。
それは自分の咎といいきかせても、感情には制御が効かぬ。

「真田一の忍のわりに、たかが諜報に随分とかかったものだな」

 皮肉めいた刺々しい声になるのをやめられない。

本当は心配で仕方がなかったのに。
無事な姿を見たくてどうしようもなかったというのに。

口を開けば、真田の為に働いている佐助を労う言葉ではなく、貶める汚い言葉。
たかが草、と忍を軽んじる武将と変わらない。

幸村は思うようにいかない苛立ちを抱え、佐助を睨みつける。

怒って反論でもしてきてくれるのを期待して……
幸村は佐助との偽りない感情の関わりを切望していた。

それが怒りでもいい。

何かをぶつけてきて欲しかった。

「申し訳ありません」

けれど佐助は、素直に自分のいたらなさを詫びる。

感情を宿さぬ声に、幸村は耳を塞ぎたくなった。

「もうよい。下がれ」

期待が裏切られ、怒りの混じった声で命じる。

佐助は手を畳みについて頭を下げる。

その時、幸村は気付いた。
ろうそくの小さな灯りに照らされた白い手首。

そこにある縄の跡に……

見間違いではない。

幸村は瞬時に佐助の手首を捕まえた。

「なんですか?放してください」

変わらぬ冷たい声が憎らしい。

「この跡は一体どうしたのだ?まさか捕まって拷問でも受けたのではないか!?」
強く引き寄せられ、佐助は膝をついたまま体勢を崩す。幸村はそれを支え、片手で顎を掴む。

真っ直ぐ瞳を見据える。

その時、忍の目にようやくようやく人間らしい揺らぎを見付けた。

それは、焦り。

「なんでもないですよ。いいから放して……!」

らしくない慌てように、幸村は逆に心配する。

余程酷い傷でも負っているのか?

「怪我をしたか?痛くはないか?」

「怪我なんか負うものか。捕まるなんてへまはやらない!」

「だったら何故、縄で縛られた跡があるのだ!」

らちがあかないと、幸村は佐助を畳みに押し付け、細い体に馬乗りになる。

その乱暴な行為は怪我人(実際は怪我などしていないが)にするものではないが、そこは考えのいたらない幸村故だろう。

幸村は怪我の有無を確かめる為に、きちりと着込まれた着物を乱暴に肌蹴させる。

「……!」

幸村は言葉を失った。

一瞬動きがとまる。

佐助は乱れた着衣を焦りながら正した。

灯りに照らされた体に残された紅い痕。

女性との交わりに疎い幸村だが、それが何か分からないほど子供ではなかった。
体に、熱が駆け巡った。


(佐助は、某を好いている……)

(だから、男との交わりを避けていたと才蔵は言っていた……)

以前……そう昔の事ではない。幸村が佐助に遠回しに男と女になることは出来ぬと告げたしばらく後のことだ。
珍しく才蔵から話しかけてきた。


「奴は全く忍らしくありませんね」

その時はまだ、佐助は今のように一線を引いた態度を取っていなかったから、幸村はそうだな、と何処かくすぐったいものを胸に覚えながら答えた。


あの時は、才蔵の言葉の意味を深く考えやしなかった。

「佐助は貴方に惚れていた。だから、任務で必要でも他の男との交わり拒んでいました」

続く才蔵の言葉に、愉快にはなれず、そうか……と罪悪感を感じて返した。

今、思い起こせば、

(過去のことを語っていた)
目の前が紅い……

気付けば佐助の肩を強くつかんでいた。

「どうっ……ゆうことだ佐助!」





続く