俺は旦那に惚れてる。
この想いは隠し通したくても、隠せないほど激しく、とうの昔に旦那に知られていた。
忍だというのに情けない話しだ。
旦那は普段鈍いくせに、長年一緒にいるせいか、俺の隠しごとを暴く目を持っている。
生真面目な旦那は、知らないふりでやりすごすことはせず、俺に希望を持たせる前に、俺を振った。
「その想いに、某は応えることはできぬ」
と。
ああ、そんなこと知っていたさ。
忍と主、結ばれるわけがない。
・・・最初からわかっていた。
でも、心の何処かで、浅ましい俺は希望を捨てていなかった。
それを、完全に否定された。
希望を打ち砕かれた。
・・・今更だ。
この想い叶わぬとしても、俺は貴方にずっと忠誠を誓います。
居なくなれと命ぜられても、陰からお守りします。
この、汚れた身が、美しい貴方を想うことは、高潔な魂を物貴方を、汚すことに等しいでしょう。
浅ましく、醜い、けれどどれだけ殺そうとしても殺せぬこの強き想いは、貴方にはただの重荷なのでしょう。
わかっています。
貴方は、子を成す性が憎いのだ。
自分のような存在が産まれるのが怖いのだ。
自分を生んだ母は顔を覚える年になる前に亡くした。
血の繋らぬ母から疎まれた。
悲しかったでしょう。
辛かったでしょう。
……その時の経験が、貴方の心を閉ざさせた。
(自分のような思いを我が子にはさせぬ)
と誓わせた。
『正妻となる女以外、抱かぬ』
と幼い心で決心した。
俺は……貴方への想いを告げることも出来ぬまま、影としてしか生きられぬ。
想いを告げることすら許されぬ。
……それでも耐えましょう。
耐えるという言葉は、忍が使うには、おこがましいか。
ならば俺はただの影となりましょう。
ただの影へと戻りましょう。
貴方への想いを描く前のただの影と……
長らく屋敷を離れることになった諜報の任務が終わり、武田領に戻る途中、体にまとわり気持ち悪さに耐えきれず、佐助は川の水に身を浸した。
房中術を行っての諜報は初めてではない。しかし、今回は相手の趣味が悪すぎた。
「嫌な趣味。縄を持ち出すなんてホントいかれてるよ」
しっかりと縄のついた手首をさすり、全身を入念に洗った。
「旦那に見付からないようにしないとね……ばれたら何言われることやら」
潔癖な主のことだ。
任務で仕方がないこととは言え、軽蔑するに違いない。
「ふふ……軽蔑されるのも、今更って気がするけど」
自分の想いが幸村にけどられたときに、主従を越えた親しい二人の仲は終わっているのだ。今は、本当に親しかったころの関係をなぞっているにすぎない。
主従の型にはまっていないと言われる二人だが、見かけだけで、主従の域は越えていないのだ。
二人の間には不可視の壁がある。
(愚かな俺が貴方に想いを寄せたときから、俺たちは主従という形でしか共にいられなくなった)
(想いを封じても、殺しても昔のようにはなれない)
(馬鹿なことをした)
幸村に想いを寄せ、幸せだった頃を自ら破壊したことも。
幸せだったときが帰るわけでもないのに想いを殺したことも。
絶対に捨てられないと思っていた幸村への気持ちは、自分を貶めることでけじめをつけた。
幸村を愛する資格などなくなるほど、自分の体を汚し。
幸村を愛していると思えなくなるほどの、女としての屈辱を己に課し。
空虚を抱え、感情の有無さえ見失うような虚脱を越え。
……ようやく、どうでもよくなった。
達観でもなく、
諦めでもなく、
全てがどうでもよくなった。
幸村への自分の想いも。
今の偽りの親しさも。
幸村の潔癖さも。
彼の不幸な生い立ちも。
今はただの忠誠心から、貴方の側にいる。
そして、忍としての役目を忠実に果たすために。
濡れた体を拭き、装束を来た。
「行くか」
「帰る」とは言わなかった。
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信玄への報告を終えた佐助は、幸村の所へ赴くか迷った。
思ったよりも時間がかかり、時刻はもう深夜。
虫の音すらしない。
おそらく、主はもう眠りについている。
わざわざ起こしてまで、自分の無事を知らせる必要はないだろう。
そう結論ずけ、与えられた一室に戻ろうとした佐助に、声がかかった。
夜の闇に馴染む、低く美しい声。
「幸村さまが心配なさっていたぞ」
「……才蔵か」
「すぐに無事な姿を見せてこい」
す、と闇よりも黒い影が現れた。
「たかだか忍を心配するなんて、旦那ももの好きなことで」
佐助が茶化すように言うと、ふ、と才蔵が笑う。
「そのもの好きに惚れたあげく、振られて、自暴自棄になった奴は何処の誰だろうな?」
佐助は表情も変えずに、「さあね」と肩をすくめた。
そのまま何も言わず、才蔵の隣を通り過ぎた佐助の背中に、声がかかる。
「堕ちるところまで、堕ちたな。だが、それもお前らしい」
嘲るような声音だったが、何処か同情が含まれていた。
続く