それは大切な大切な俺の弟。
俺の宝物。
佐助にとって小太郎は大事な弟。
小太郎にとって佐助が何なのか。佐助には分からない。
けれど、どう思われていても大切な弟であることは佐助の中では変わらない。
「小太郎」
小さい頃から兄貴風を吹かして、彼を守っていた。
……佐助は守っているつもりでいた。
だって虫も殺せないような優しい彼が、自分よりも喧嘩が強いなんて全く知らなかった。
喋れない小太郎をいじめる奴らをこらしめるのは、兄である佐助の役目だった。
子供の群れは、優劣を決めるのに、ただ純粋に愉しさを覚え、弱い個体や劣っている個体を貶めるのに、抵抗はなかった。
小太郎は格好の獲物で、だからこそ佐助は幼いながら自分よりももっと幼い弟を守ろうと必死にその背にかばってきた。
けれど……
たいして体格の違わない俺より腕力があって、足も速くて、何もかも俺より優れていたなんてちっとも知らなかった。
いきなり接吻してきた小太郎。それに驚きそらしたら頤をつかまれ、何処で覚えてきたのかわからない深い口付けを施される。弟をかまってばかりで、恋人なんて作ったときなんてない、無論キスなんてしたことのない俺は、そんなに気持ちよくて熱くてとろけそうなものに耐性がなかった。
砕けそうになる腰。落ちそうな意識。
俺はいけない!と心の奥底から叫び、逃げ出す。
風を切る疾走。
めまぐるしく景色が移り変わりゆき。まいただろうと振り返れば、表情ひとつ動かさず、俺の後ろを走る弟の姿。
え?と思ったときには遅かった。
腕を引かれ、抱き絞められる。抵抗空しく地に背中をつけられて……
(ああ!これ以上は駄目だ!)
「やめろ!」
佐助は自分の叫び声で起きた。
目の前に天井が飛び込み、はっとする。うひとつのベットにすわり、佐助をじっと見つめている。
二人部屋のシングルベットがふたつ。
男二人が共に過ごすには十分なビジネスホテルの一室だが、快適さにはほど遠い。
男のにおいがたちこめ、むさくるしい。
「服着ろよ。野郎の股間なんか見ても嬉しくともなんねえ……つうか見てないで……起こしてくれよ旦那」
「お前の苦しむ顔を見るのが楽しい」
幸村はくすくす笑う。
「嫌なやつだな……あんた」
ふ、と佐助はあることが気になった。
「俺、なんでこんなとこにいるんだっけ?」
「まだ寝惚けているな。さっきまであれほど睦みあっていたのに……もう忘れたか?」
幸村は立ちあがり、佐助の側によった。ぎしり、とベットが男二人分の体重に悲鳴をあげた。佐助の体にかかったブランケットをまくり、佐助の滑らかな肢体を露にさせた。
「睦み……そっか……俺、あんたと寝たんだっけ」
(だからあんな夢を見たのか)
男に抱かれて、弟に襲われたときの夢を見る。
おんなじだもんな……入れられるのは……
「途中で気絶してしまうのだからな。興冷めしたぞ」
幸村は囁き、佐助に覆い被さる。
「続きをいたそう」
いやらしくのびた指が、佐助の肌を這い、性的快感を呼び起こす。
そして、あのときの記憶も……
『こたっこたぁっ!だめ!ああっっ』
「だんっなっああっい、いよっはぁっあんっ……!」
重なる記憶があまりに重くてつらい。
*
あれ以来、幸村は佐助をよく誘うようになった。飲みに、食事に、そしてホテルに。
「ごめん。そんな気分じゃないんだ……」
ホテルに誘ってきた幸村から何度も逃げた。
理由を作り、どうにかして逃げた。
君のことは嫌いじゃない。
でも……
弟と交わった罪を、重なる度に思いだし、苦しむのが嫌だった。
ただそれだけのために俺は愛しい君を拒んだ。
もっと、もっと……
苦しむことになるなんてこの時はまだわからなかったんだ……
ねえ、なんで旦那と小太郎は楽しそうに笑っているの?
了