その香の匂いをかぐと、目の前にいる相手を襲うのは反射のようなものだった。
すうと鼻に通るときは軽やかなのに、胸の中に溜るとねっとりとした重い違和感を与える匂いだった。
殿上人のたしなみというやつなのだろうか。
下々のひとたちから見れば、同じく殿上人と呼べる幸村だが、政宗と比べれば単なる一介の武士に過ぎない。
香を焚くという風雅なこととは縁が遠い。
嫌な匂いだ。
胸の中で吐き捨て、自分の下に組敷いた政宗に、幸村は反射のように冷めた瞳をおとす。
政宗はそんな幸村を、酷く愉快そうな目で見上げていた。
いきなり男に惜し倒された恐怖も、動揺もその目から伺えない。
もしかしたら幸村以上に冷めきった瞳かもしれない。
幸村の目は、冷めていると同時にその奥には情欲の炎がちらついている。
政宗のものは、触れればきんと指先が凍えてしまいそうな、氷になる寸前の零下の冷水。
唯一人間らしさが浮かんでいるのは、愉快そうに歪んでいる口元。
「どうするんだ?」
幸村の次の行動を静かに待っている。
寒気を覚えるような膠着状態。それを破ったのは、幸村の一言。
「佐助が……」
己が忍の名を出し、幸村は政宗を床に縛りつける手の力を強くする。
「よく、この匂いをつけて帰ってくる」
忍の任務として、諜報がある。戦忍としても優秀だが、そちらの腕もたつ佐助は、他の忍には難しい奥州の潜入を何度も繰り返し、情報を集めてくる。
恐らくその際について帰ってくる匂いが、政宗が使っている香の匂いだ。
普段は全くと言っていいほどにおいがない佐助に、匂いがある。
それが気にくわなくて、自分のにおいを擦り付けるように、抱く。
己な体臭が忍に移り、ようやく安堵できる。
その反射で……幸村は政宗を押し倒してしまった。
この香を自分の匂いにしたくて……
するべき相手が違うと頭でわかっていても。
体が別の意思を持ったかのように、政宗の服を脱がしていた。
重なりあう体温と。
荒くなる呼吸で。
ひとつになったなんて錯覚するけれど……
名前を呼びあわず、ただ熱に浮かされるような行為は。
ただ虚しさを生むだけ。
了