魂は消えるのだろうか。
問われたものに、小太郎は答えることが出来ない。
小太郎は産まれてこの方言葉というものを発した時がないし、その答えも思いつかなかったからだ。
同じ父の種をもち、同じ母の腹から生まれた、少しだけ己よりも早く母の腹から血まみれの姿で現れた小太郎の兄は、惜別の哀しから愚かな問いかけを小太郎に繰り返す。
魂は消えるのだろうか。
自分のものよりも少し薄い色の髪を、小太郎はくしゃりと撫でた。
小太郎の膝に頭をのせ、顔を腹に向けている、彼の兄――佐助は、生気の抜けた声で問いではないものをとつとつと語る。
小太郎は大人しくそれに耳を傾けた。秋の鈴虫が鳴く声に、耳をすませ、胸にすうと清涼なものを感じ、美しさよりもその懐かしいような穏やかな音色に、安らぎを覚えるように。
ただの人のように。
小太郎は、口元に、極々僅かな笑みを刻み、耳を傾けるのだ。
肉体が不滅ではないのに。
何故そこに宿る魂が不滅ではないと言えようか。
器があるから、魂があるのか。
魂があるから、器があるのか。
それは永遠にわからないけれど。
ただ、器だけでも。
魂だけでも、この世にはあれぬ。
肉体無き魂は消え。
魂無き肉体は消える。
佐助は、貝のようにきゅうと口を閉じた。
小太郎はもっと佐助の言葉を聞いていたくて、促すように頭を撫でた。
しばらくそうやっていると、佐助はまた、小太郎の耳に心地よい声で言葉をつむいだ。
旦那の魂は、消えてしまったのだろうか?
と――
小太郎は、答えなかった。
ただ、消えていればいいと思っただけである。
自分にとって、絶対の位置にある兄を追い詰め、廃人寸前にまでした男、真田幸村。
もしもまだ、肉体を失ってなお、魂だけでもこの世にいるとするのならば、その炎のような魂を氷らせ、砕き、全てを消してしまってやりたいと、小太郎の血がざわつく。
けれど、と小太郎は嫌な想像をしてしまい、鼻の頭に皺をよせた。
佐助は何時も真田幸村のことを考えている。
朝日が照らしているときも、昼の眩しい光があたりを輝かせているときも、夜の帳がおち月の光に世界がやわらかく満ちているときも。
何時だって、兄は真田幸村のことしか思っていない。
それは……
真田幸村の魂というものが、なくなってしまった肉体の変わりに佐助の心に宿ってしまったから……
という嫌な想像を生んだ。
佐助は気付いていないけれど、己の中にある真田幸村のことを感じてしまい、彼のことを考えてしまうのだと――
なんということだろう。
それがもし事実であれば、小太郎が散々に引き裂いてやりたいものの魂は、最も愛しいものの中にあるのだ。
憎き魂は佐助の中を安住の栖とし、佐助が死ぬまで、佐助とともに在り続けるのだ。
肉体の隔たりという鬱陶しいものに阻まれず、魂が寄り添いあう。
小太郎はそれに狂うような嫉妬を感じた。
出来うることならば、自身が死に佐助の中に入り、最もちかしいところで佐助とひとつになり、たゆたっていたい。そしてその邪魔となる真田幸村の魂を消し、佐助をずっと独占したい。
けれど、それは出来ぬのだ。
自分が死ねば他に頼る縁(よすが)もない兄は一体どうなるのだろう。
忍としての技を発揮出来た頃の兄であれば。
せめてただの人として日常を送れる精神(こころ)であれば、ひとり残しても、不安はないのに……
真田幸村を失ってから……
いや、真田幸村が彼の中に住みついてからは、兄はただの狂人になった。
枯れた花のようにあとは腐っていくだけのような兄……
そのような愛しい人を残し、どうして先に肉体という楔から魂を解放してやることが出来る。
小太郎は、真田幸村に狂うような嫉妬と、そしてほんの少量の羨ましさを抱いた。
それを解消するには、佐助の中にいるであろう真田幸村に、それ以上の嫉妬と羨ましさを抱かせてやるのだ。
小太郎は兄の体をゆっくりと膝から退かせ、体に負担をかけないように組み敷いた。
何も映さない虚ろな目を見つめ、一抹の寂しさを胸に生みながら、慣れた手付きで佐助の体を高ぶらせていった。
想像が確信にすりかわる・了