佐助に頼まれた薬を作っている最中に、炎の気配が近付いてきて、才蔵は顔を上げた。
障子戸に影を作る人影に、どうぞお入り下さいと入室を促す。
才蔵がここまで丁寧な対応をするのは、屋敷ではただ一人しかいない。
戸を開けて現れた幸村は、酷く落ち込んでいた。
いつもは明るく輝く少女のように大きな瞳が暗く落ち窪んでみえた。
眼窩の周りにはうっすらと隈が出来、目は赤い。
「才蔵……助けて欲しいでござる……」
へにゃりとその場にへこたれる幸村に、才蔵は困ったようにため息を吐いた。
「……どうしたのですか?」
大体の予想はつくが、才蔵はあえて聞いた。佐助に恥部の子細を既に聞いているとは、流石に言えない。
幸村は佐助と同じことを説明し終えると、佐助と同じように叫んだ。
「佐助がかわいくてかわいくて、仕方ないのにっ某は何もできぬのだ!そ、それに、なんだか……体の奥でもやもやとしたものがたまっていて、吐き出したいのに、吐き出せないのが、苦しいんだっ」
幸村は佐助よりも激しく泣いた。子供がだだをこねるようにわんわんと泣く。
ここは何時から悩める青少年の恋愛相談室になったのだろうか。
才蔵は遠くを見つめた。だが幸村の男として忸怩たるものがあるのは、同じ男、理解できる。才蔵はすぐに真面目な表情に戻った。出来ないのは辛いだろう。
「で、幸村さまはどうしたいのですか?」
「うん……佐助の気持ちよさそうにする顔をもっとみたい……もっと、声を聞きたい……」
才蔵の目が、狡猾な狐のようにきらんと輝いた。悪だくみを企むその顔に、佐助なら何を考えているんだと突っ込みを入れたかもしれないが、しかし今相手にしているのは天然培養おぼっちゃまである。才蔵の微細な表情の変化に気付くはずもなかった。
「……ならば、一番、佐助を気持ちよくさせる方法を教えてさしあげましょう」
実は才蔵、かつて佐助と関係を持ち、佐助の下になったことがあるのだ。
佐助は山のように高い自信があるだけに、確かにうまかった。冷静沈着を旨とする才蔵を唯一、理性を無くすほどあえがせたのは、佐助ただ一人である。
その時、自分一人は熱に浮かされ行為に夢中になっていたというのに、佐助はあの飄々とした態度を崩さず、才蔵はそれを悔しく思っていた。
それを、仕返できるいい機会だと思ってたのだ。
幸村の下に組み敷かれ、あえげばいい。
そうすれば昔からふつふつと腹の内にある敗北感を払拭できる。
「さ、才蔵……なんだか楽しそうだな……」
才蔵の腹の中の空気が漏れ出し、幸村は少し引いた。
ふっふっふ。と今にも笑い出しそうで恐ろしい。
「いいえ。なんでもありませんよ。それでは幸村さま。この本をご覧になってください」
才蔵が幸村の前に起き、指し示したものは、妖しげな空気漂う春本だった。幸村はその内容の破廉恥さにたまらず高い声ではははははははははははは破廉恥!と叫ぶ。
「目をそらさないでください。そんなことでは、佐助を死ぬほど気持ちよくさせるなんて無理ですよ」
才蔵の言葉に、幸村は目をかっぴろげ食い付く。
「し、死ぬほど気持ちよくさせられるのか!?」
「幸村さま次第で佐助をこの世の極楽に連れていけますよ。その時のイく顔は射精時の比じゃない」
昨夜の佐助が達するときの顔を思い出し、幸村は顔を赤くする。
あの時以上に気持ちよさそうにするなんて、想像もつかない。
「お、教えてくれ才蔵!」
是非見てみたい。
幸村は才蔵に教えを乞う。
そして、二人の妖しい勉強会が始まった。
****
「分かりましたね」
「うむ。わかった……しかし、佐助を気持ちよくさせるには、まず起たないと……」
幸村は助けを求めるように才蔵を見つめた。
幸村も佐助と同じように才蔵の薬に期待しているのだ。
若いというのにかなりふがいない話だ。
才蔵は、ふと、あることを思いつく。
「……薬なんて必要ありませんよ」
「え、だが……」
才蔵は真っ直ぐと幸村の目を見つめる。
そらせないように、顔を固定し、目を合わせたまま、言う。
「貴方の唯一にして絶対の媚薬は、佐助の"しろいの"だけですよ」
幸村の意識と目の光が一瞬、ふっつりと切れ、すぐに戻る。才蔵は手を離した。
「そ、そうでござるな……」
幸村はうんと頷く。
そしてすっくと立ち上がり、佐助とは違い騒がしく才蔵の部屋から出ていく。
「……さて、暗示はきちんと効いたか……?」
才蔵が先ほど行ったのは、催眠術だ。忍の行う速効性のある超強力な。
薬を作るよりも速いし、何よりも面白い。
思いついたままに行動したわけだが、これはなかなかよい結果を招くかもしれない。
多分効くだろうと頷き、明日になれば結果が分かるだろう、と楽観視する。
才蔵は佐助に頼まれた薬の作成を放棄し、別の仕事にとりかかった。
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後日――
「今日はずいぶんと遅かったな」
しれっとした顔で話しかけてきた才蔵に、佐助は睨みつけた。
「あんた、何してくれやがったんですか?」
片手は腰をおさえ、やっとの思いで立って歩いているようだ。
「何がって、お前の望む通りにしてやっただろうが」
「俺は下を望んでない!」
佐助は叫び、それで残る体力を使い果たしたのか、くらりと目眩を起こして、壁によりかかりながらずりずりと倒れていった。
「朝まで、おわんなかったんだからな……」
佐助は恨みがまがしく才蔵を見上げる。
「腰痛いし。体動かすのきついし。か、かきだしてみたら、すっげえなんか出てくるし!」
「たまってたんじゃないか?若いんだから仕方あるまい」
「……俺、旦那と同じくらいの年のとき、あそこまで凄くなかった……」
「体力とそれに伴う精力があり余ってたんだろう。
今まで思う通りに発散出来なかった分余計にな」
うう、と壁によりかかり佐助はうめく。
「才蔵……お前旦那になんか仕込んだろ」
「いろいろと教えてさしあげた。飲み込みが早い方でいろいろと助かった」
さらりと言って、才蔵は口元を歪めた。
「気持ちよかっただろう?」
才蔵の意地悪な問いに佐助はやけくそになって叫んだ。
「ああそうだよ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ佐助。
才蔵はそれに満足そうに笑い、かつてのうさを晴らしたのであった。
おわっとけ