俺は困っている。
旦那も困っている。
「す、すまぬ。佐助っ。そ、某のせいで……」
「いや。旦那は悪くないんだ……俺が」
俺は言葉を詰まらせた。
この言葉を言うには、かなりの苦痛と矜恃の摩耗と身体の疲弊を強いられた。
「……下手なんだから……」
愛しい人に情けない姿を見せたくなくて、俺は涙をこらえたが、ちょっぴり目尻がうるんでしまった。
今まで俺は自信に溢れていたわけだよ。
忍が自信に溢れてどうするんだという気もするけどさ、旦那の戦への情熱並に自信に溢れていたと自分でも思うよ?
――暑苦しいって引くなよ才蔵。
何よりね、あっちのほうの自信はかなりあったわけ!
忍の"いろは"もさることながら、このおっとこまえな容貌を武器にかなりの経験を積んだ俺さまは、男だろうが女だろうがイかせられる自信がね!
いわば百戦錬磨。その俺が……この俺が……
なんで……
「惚れぬいて、やっとの思いで口説き落とした旦那にだけ感じさせられないんだよーーーー!」
俺は絶叫した。
才蔵は煩いと文句を言って、耳を塞いだ。
****
星座してむかいあって、気まずそうに見つめあう俺たち二人の姿は、まずもってこれから閨を行う風景だとは思えまい。
良くて喧嘩中の恋人同士。
悪くて戦の打ち合わせ中。
そのように見えてしまうだろう。
「さっ佐助!」
旦那は顔を真っ赤にして、沈黙を破る。
喉の奥で言葉を突っ返させ、膝の上に置く拳をぎゅうと握った。
「きょ、今日こそ某はっそのっか、か、感じられるように精進するでござる!」
精進って……鍛練じゃあないんだから。
ああでも、本当に申し訳ない。
破廉恥嫌いの旦那にこんなに思い詰めた発言をさせるなんて。
「頑張らなきゃならないのは俺だよ……だから、さ。そんなに思い詰めないで……」
俺は旦那の固く強ばった拳をとこうと、その手に触れる。
触れることで、自然縮まった距離に脅えるように、旦那は上目使いで俺を見上げた。
目には何時ぞやの俺以上に綺麗で透明なものがたまり、俺を心苦しくさせる。
「旦那が悪いんじゃ……ないんだ、から……」
その、自分を責める顔を止めて欲しい。
俺は、旦那をゆっくりと布団に押した。固く握った拳に己の指を絡ませ結ぶ。
確かめあう温度は熱くて、言いようのない安堵があるのに、何故これより先の幸せを得ることが出来ないのだろう?
(これは一体なんの呪いなんだ?俺が一体何をした!?)
……人殺しとかしてるな。
……そういや。
と、とりあえず!それが原因なら土下座して恨みを持つ奴ら全員に謝るから!
この状況から俺と旦那を救いだしてくれ!
「……さすけ?」
彼方の世界に意識を飛ばしていた俺は旦那に呼び戻される。
「あ……ごめん。考えごとしてた」
旦那はしゅんとうなだれる。
「やはり……某とするのはつまらぬか?」
だから他のことを考えてしまうのだろう?
今にも泣きそうな表情で、戦場での勇ましい怒号が嘘のような蚊の泣く声を発する。
「違うっ。ど、どうすれば旦那を気持ちよくさせられるかなって!そればっかり考えてたんだ!俺は旦那のこと以外考えられねえよ……今さら……」
あんたが俺の一番で全てで、唯一だから。
耳元で低くしとやかに囁いた言葉に、旦那は顔を赤くする。
「某も……佐助が一番だ……」
呟く声には涙が混じっていた。
旦那は絡ませた指を強く握った。
俺は旦那の一番になれても、旦那にとって唯一にして全てにはなれない。
俺と旦那は立場が違うし、それは仕方がないことなのだと思う。
それでも、俺は、旦那の一番になれただけでも幸せだと思う。
こうやって、旦那と睦事を出来る存在になれて、それだけで夢は叶ったと思う。
後はこの思いを果てしない高みに、もっと押し上げて、欲求と感情がないまぜになったものを吐き出したい。
打ち上げた花火のようにぱあっとはぜて。空に光を溶かすが如く。
旦那と混じりあい、ひとつになってこの欲求を昇華したかった。
ゆっくりと唇を触れあわせた。
触れあうだけの稚拙な口付け。
唇を食みあい、角度を変え、幾度も幾度もそれを繰り返す。
やがて俺が挿し込む舌に、旦那はおずおずと応えるが、接吻にまだ慣れないことと、それに何も感じないせいか動きがぎこちない。
それでも構わず俺は深い口付けを続け、旦那が呼吸が苦しそうにあえぎはじめて、ようやく解放した。
「……旦那、好きだ」
旦那は銀糸を口端に伝わせ、荒く呼吸をする。
口付けは、旦那にとって呼吸が苦しくなるだけの行為なのだ。
なのに、不平ひとつ言わず口付けに応えてくれる旦那の優しさが切なかった。
(旦那を鳴かせてあげたい)
快感というものをその肌に刻んで、情交の悦楽、歓喜、快楽、興奮、情熱、欲求に。目覚めて欲しかった。
それこそが、俺の与えられるものだとおもっていたのに。
(俺だけが気持ち良くなって、興奮するんじゃ意味がない)
佐助は幸村の着物を脱がした。
続