足を切り落としてしまうのが一番手っ取り早い方法だろうとおもったが、後の治療を頼んだ忍に他の方法もあるからおやめくださいと頭を下げてたのまれ、幸村は忍の願いを聞きそのほかの方法とやらを頼むことにした。
「では、よろしく頼むぞ。才蔵」
仕事でしばらく甲斐をはなれていた才蔵。
帰ってきて命じられたのは、得意の針を使って佐助の“足”を奪えという残酷なもの。
頼んでいる内容が内容だというのに、幸村は平然としている。頼まれた才蔵も表情ひとつかえていない。
淡々とした眼差しで、針を見つめている。
かつて同じ忍として技を競い、共に戦っていた同士でも、主の命令の前ではそんなこと些細なことでしかないのだとでも言うような、態度。
佐助は、何かをあきらめたように目を閉じている。
針で、足の筋肉を使えないようにし、歩けなくする。
ただ、それだけのことなのだと佐助は己に言い聞かせる。
それによりわが身に訪れる地獄など、幸村が満足するならば、微小なこと。
佐助は、目を閉じ、耐えた。
何も言わず、うめきをもらさず、涙をこらえて。
『今はねむれ』
ちいさく、才蔵に囁かれた。
次に目を開けた瞬間、自分の体の一部が動かぬという未来を忘れ、今はただよい夢の中にまどろめ、と……。
囁く低い声が心地よく、睡眠薬のように佐助を眠りに誘った。
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さあさあとちいさく音をたてて雨が降っていた。
『空が泣いているみたいだな』
ちいさな主はそんな言葉をこぼし、縁側から空を見上げた。
『なあ、佐助』
『なんですか』
『こうやって空を見ると、雨と一緒に空が落ちてきそうだな』
佐助は、主と同じように首を上げて、しずくを落とす空を見た。
ほほを弱くたたくしずく。佐助の目には、空が泣いているようにも、空が落ちてきそうにも見えなかった。
ただ、黒い雲が空に浮かび、雨をふらしている。
佐助にはなんだかそれが悔しかった。
主と感覚を共有できないことが悔しかった。
同じように、空の涙と、落ちてきそうな空を見たかった。
『俺には見えません』
『……佐助?どうした怒っているのか?』
怒っていません。そう否定する佐助の声は、幸村の耳にはやっぱり怒っているようにしか聞こえなかった。
『俺も見たいです……』
小さく呟いたことば。
『なにをだ?』
幸村は空を見上げるのをやめて、佐助を見つめる。
『泣いている空と、落ちてきそうな空』
佐助の言葉に幸村は面くらい、しばしことばを忘れた。そして肩をふるわせはじめた。
『佐助はたまにおもしろいことをいうな!』
ははは!子供の快活な笑い声が雨のなかに響く。何が面白いのかさっぱり理解できない佐助は、幸村さま?と首をかしげた。
『見えなくてもよい』
幸村は断言する。
『自分が見えるようにしか見えぬ。佐助はそれを大事にすればいい』
でも、と食い下がる佐助に、幸村は曇り空さえ吹き飛ばすような晴れやかな笑みをうかべた。
『それを、俺に教えてくれればいい。何を見て、どんな風に思ったか。俺も、佐助に教えるから』
だから気にするな、と丸め込まれるように幸村に言われ、佐助は腑に落ちない。
『佐助は空がどういうふうに見える?』
『空は空です』
『空を見て、何も思わないのか?』
『今は、曇ってるな、としか。晴れているときは、青いな、と。
雨は雨。木は木。何か特別なものには見えません』
『ふうん。それじゃあ、そこに咲いている紫陽花はどうだ?』
幸村は庭で幾重もの花びらを重ねている紫陽花を指し示す。
佐助は指し示された紫陽花を見つめる。
薄い色の花びらを雨のなかにとかしけぶるようにぼかしていた。
花びらがかさなり、花がかさなり、大きな塊のように見えるのに、それは雨に消えて溶けてしまいそうな儚い印象を佐助に与えた。
『……綺麗、ですね……』
紫陽花は紫陽花だ、と言わなかった。
幸村は佐助の答えに、そうか綺麗か!と嬉しげに笑った。
濡れた草履をひっかけ、幸村は外に行く。
『何してるんですか?』
主の突然の行動に佐助ははだしのままで追いかける。
泥をふんで足が汚れ、裾が濡れた。
『紫陽花を、綺麗と思ったのだろう?だったら部屋に飾っておけ』
幸村は紫陽花のひとかたまりをぶつともぎとる。
『……いいんですか?こんなことして』
あちゃあ、と佐助は止めることができなかった己を悔いる。額を押さえてうめき、半眼で幸村を見つめた。
『いいんだ。佐助が喜んでくれたら俺はうれしい』
佐助の疑問に答えていないことに、幸村は気付いていない。
『俺が喜ぶ前提ですか?』
佐助が横暴だあ、と呟くと当たり前だと幸村は佐助にとったばかりの花を渡す。
『綺麗だとおもったものを渡されて、佐助は嬉しくないのか?』
佐助が喜ぶことを信じて疑っていない顔。
佐助はやれやれと肩をすくめて、幸村が差し出した紫陽花を受け取った。
『ほれ、やっぱりだ。思った通り』
幸村は歯を見せて笑う。
『嬉しそうな顔をしているではないか』
佐助は少しだけ顔を赤くして、幸村から顔を逸らした。
(おれはあのとき、綺麗だとおもったものをもらったから嬉しかったんじゃなくて、あんたが俺を喜ばそうとして、紫陽花をくれたのが、嬉しかったんだ……)
懐かしい夢は、覚醒に近付く佐助の胸の中に、むなしさを生んだ。
幸村は綺麗だ。自分が触れて汚してはならぬほど、綺麗なひとなのだ。
(あの人は、俺が……していいわけがない……)
あの紫陽花は部屋に飾ったあと、何処にいったのだろう。
ああ、そうか。枯れる前に押し花にでもしよう。そう思った矢先に幸村に捨てられたのだ。
続
あの人は何故紫陽花を捨ててしまったのだろう。
せっかくあのひとが俺にくれた花なのに。