六郎から受け取った簪を持ち、幸村は離れに向かった。

涼やかな風にのり、濃厚な性のにおいとうめき声が運ばれてくる。

よつんばいになった佐助の下には、白く濁った水溜りが出来ており、幸村はそれを視界に納め、緩く唇を歪めた。

「そんなことですら感じるのか?仕置にならないではないか」

幸村の声に、虚ろな目をゆるゆりと向けた。

「だ、んな……」

耐えるために握っていた拳が、少し緩む。
汗がぽつ、と畳に落ちる。全身をしっとりと濡らし、唇をもの言いたげに半開きにするその姿は艶めかしい。

つん、と幸村の鼻を刺激する色のにおい。
幸村の熱の塊はすぐに反応する。
幸村はそれに舌打ちをする。苛立つほど素直な肉体。こんな男に興奮してしまう自分が憎かった。

情けなく尻を晒す、汚ならしい醜い男ではないか。

幸村は佐助に近寄り、佐助を苛なむ木刀を乱暴に抜いた。

「……あああっっ……ぐっ!!」

佐助は悲鳴を上げた。高く響かぬよう途中で素早く己の腕を噛み、悲鳴を殺す。

肉が引っ張られ、引きつれる。その苦痛と、勢いよく傷を擦られた激痛。

佐助の目は痛みで雫を溢す。止めようとしても止まらない涙にぎゅうと目を閉じ、塞ごうとした。

ようやく木刀が抜かれて、佐助の体は崩れる。己の白濁に腹と着物を汚した。

「やかましい」

懸命に悲鳴を抑える佐助に、無情な台詞が落ちる。

見下ろす目は果てしなく暗く、夜の闇以上に深淵の黒を浮かべていた。

佐助はすみません、と弱く謝り、内から沸き上がる痛みと必死に闘った。

幸村は佐助の長い髪を掴み、伏せた顔を上げさせる。

虚弱した意思の瞳と、人が抱えるにはあまりにも深い闇の瞳が、見つめあう。

幸村は無言で簪の包みを佐助に押し付けた。

佐助がぎこちない動きで受け取ると、幸村は髪を強く掴んでいた手を離した。
部屋に置いておいた酒を手に取り、縁側に向かう。

受け取った包みの中身が簪であることを確かめた佐助は、上手く動かない体を必死に引きずって、鏡の前に向かった。

付けろ、という意図を言外に読み取るのは容易であった。

乱れた髪を整え、簪を上手く髪に挿せるように簡単に結わう。
鏡に映る、女にしか見えない男の姿。

昔は艶やかな化粧をして女の姿を作っていたが、今やその必要はない。
針や薬を使い、男らしい線を失い女のそれと酷似する体にされた。
今まで鍛え手に入れた忍の技も奪われた。
今まで培ってきたもの全てをなくした。

ただ、真田幸村という男にされるがままの人形と成り果てたのだ。

それでもいい、と佐助は思う。

いざ何事かあったときに幸村を守ることが出来ない無力さには恐ろしいものを感じる。

しかし、そうすることで幸村の気が晴れるならばと何も言わずに従った。

男の自分が女のような体をしていることに、言葉にできない抵抗感と違和感はある。

それ、全てを飲みこみ、佐助は幸村に抱かれる。

「付けました……」

幸村の傍らに立つ佐助に、幸村はにいと酷薄な笑みを刻む。冷めた瞳に、獲物を見つめる野性がありありと浮かびあがる。

「似合うな」

酒が入ったので、少しは機嫌がいいらしい。
幸村は佐助の腕を引っ張り、膝の上に抱く。
いささか乱暴だが、いつものそれの始まりと比べると、ずいぶんと穏やかなものだ、と内心呟く。

闇に抱かれながら、二つの影はひとつになり、高い悲鳴が夜を裂いた。

****

朝、佐助は気付くと布団に寝かされていた。

「旦那は……」

体を起こし、動こうとすると鋭い痛みが内部に走り、佐助は小さな悲鳴をあげた。

視線だけ動かし、幸村の姿はないことを確認する。恐らく己が寝ている間に戻ったのだろう。
「……起きるか」

このまま寝ていてもしょうがない。
佐助は痛みを堪え、起き上がろうとするが、昨日の木刀で傷つけられた場所がひどく痛む。

傷が癒えぬうちにまたかきまわされたので、中は熱を持ったように熱かった。

「……薬」

化膿しないうちに、薬でも中に塗ろう。忍の作る薬はよく効く。己の菊門に指を入れてあちこちいじる姿は羞恥を覚えるほど滑稽だが仕方あるまい。

佐助はそろそろと這って薬のある場所まで進む。

今日は厠に行きたくないなあ、とひとごとのように笑う虚しい空元気を発揮し、ようやく薬箱がしまってある戸棚に手が届く。

佐助はほう、と息を吐いた。

戸棚を開き、佐助は薬箱を取り出す。

佐助は薬の入った漆塗りの小さな入れ物を取り出す。しなやかな指で蓋を取り外すが、その中身を見て、悲しい吐息をこぼした。

(ああそうか。この前使いきってしまったのだっけ)

幸村の行為は毎回荒い。故に薬の消費も多いことを、佐助はすっかり失念していた。

代わりに痛み止めはないかと薬箱をあさるが、全て使いきった後だった。佐助は眉をしかめ、そして諦めたように首をちいさく横に振った。

薬を使う回数が異様に多いのに、補充をしようと考えなかった己の責任だ。
といっても、外にでることを許されない己が貰いに行くことは出来ないし、幸村に頼んでも、聞く耳も持たないのだから、補充しようと考えること自体、無駄なことなのかもしれない。

佐助は箱を薬箱に戻し、力のない足取りで立ちあがる。
今にも倒れそうな体を、壁に預けた。

「少しくらいなら……」

幸村は、一度来て、佐助を抱いた後はしばらくこの離れに訪れない。

佐助の顔を見ることすら嫌なのだろう。

それなのに佐助を抱くというのは矛盾しているかもしれないが、それは幸村の中での葛藤と激情の結果、そうなってしまったことで、一見矛盾を孕んでいようと、佐助はそれを考える気はない。

「薬を、貰いに行くくらいなら」

佐助は、危なっかしい足取りで、離れに囲われるようになってから初めて、そこから足を踏み出した。





彼は何も救わない。

彼は何者にも救いを求めない。