「また来る」
そういって去っていった主の背を見送ったのは、どれほど前のことだろう。
去り際に施された口付けの甘さに浸るように、佐助は眠りにおち、穏やかな夢の中にあった。
静かに流れる空の涙に打たれながら、幸村と共に落ちてきそうな空の下にいた。紫陽花の花を見つめながら益体もないことを話して……しあわせというひとときのなかにいた。
それに狂おしい焦燥を感じず、体を芯からあたためるようなやさしさに包まれた。
後悔という津波は襲ってこず、かつてのしあわせに身をまかせられる自分がいた。
そのまどろみを邪魔する物音がして、佐助ははっとして目を覚ました。
「旦那?」
目を開くと闇が広がっていた。明かりもつけぬから、部屋の輪郭が朧にしか見えない。
窓からやんわりと入ってくる月と星の光が頼りである。
音からして、人が訪れたのだろう。しかし、主が夜遅くに泊まることはあっても、こんな時間に訪れるとは珍しい。
佐助は音がしたほうに半身だけ向けて、自分が思った来訪者ではないことに、嗚呼、と息を吐いた。
「六郎?」
うっすらと見えた懐かしい人影。
佐助はまだ自分は夢の中にいるのかと疑う。
このはなれは佐助が離れから出て行ってはならぬように、幸村が言いつけぬ限り幸村以外のものが離れに訪れることはできない。
久方ぶりにみた人物は記憶のなかのものと違って、優しさのかけらも見受けられなかった。
ひとのよさそうな相貌はかき消え、憎いものを見る目で佐助を睨む。
自分がしたことを思えば当然だ、と佐助は苦いものを覚えた。
しかし、それを超える感情をひそめていることに、気付くはずもないのだ。
かつての仲間が己を殺そうとしているなんて。
佐助の脳裏をかすめたのは幸村の身になにかあったのかもしれないという不安。
佐助は鉛のように重い上半身を腕の力で持ち上げた。
「どうした? なにかあったのか?」
佐助の焦りと心配とが混じる声に対し、六郎は凍えるものを瞳に写す。
「なにも」
六郎の口から発せられたのは、肌に蛇がのたうつような低い声。憎しみをこめられた冷たさにぞくりと背筋に寒気が這う。
「六郎……?」
おびえるように見上げる佐助に、六郎は笑みを見せた。
いや、嘲笑といったほうが正しいか。
ふ、と嗤いが消えた瞬間に、足掻く術を持たぬ無力な佐助に敵意を見せるのはやめた。
静謐ななにも語らぬ瞳が佐助をじっと見つめた。
「上田の城の近くに野党がでるらしい」
六郎は淡々と語る。
佐助を見据える瞳は、怒りも憎しみもかき消えて、静かな覚悟を移していた。
「ここは護衛の忍もつけていないから、野党が来たらお前は無抵抗で殺されるだろうな」
「……そうかもしれないね」
不穏な空気に、それ以上なにもいえなかった。
悪寒が消えず、ぞわぞわと肌を嬲ってくる。生理的嫌悪が芯から生まれて、佐助の身を震わせた。
「身包みをはいで、もの珍しいあんたの体をさんざん弄んで……」
佐助は自分の肩をぎゅっと抱いた。その瞬間に腕に触れるのは、柔らかなふくらみ。
脆弱な体を見下ろし、六郎はなおも言葉を続ける。
「醜い死体を打ち捨てる」
六郎は身を屈め、起き上がることのできない佐助と目線を合わせた。怯える姿がまるで生娘のようだとせせら笑う。
男ではなくなった哀れな姿に同情なんてなかった。
あるのは嫌悪と憎しみだけだった。
主を傷つけ、いまなお縛りつける佐助に対する嫉妬にも似た……
六郎は狂気に染まる刃を抜く。月の光を危うげに映し、輝いた。淡い光は今まで六郎がこの刃で散らせた命のように儚げであった。
六郎は佐助を蹴り倒し、首筋の皮膚をかすめる寸前のところに刀を刺した。
刀は畳につき刺さる。ひたりと首に触れる、研ぎ澄まされた鋭い刃。傍らに己の命を奪うものがある恐怖に、佐助は目を絶望に見開き息を飲んだ。
「六郎……」
何をするかと問うなど、愚問。
彼の意図は明白であった。
六郎は佐助の女物の着物を乱暴に脱がせた。白い肌が柔らかなに光に照らされ、艶かしく輝く。
華奢な四肢を軽く組み伏せ、動けば死ぬと六郎は脅した。
首筋を妖しく撫でてくる刃の存在が、その言葉の威力を増す。
「醜い体だ……」
六郎は男にも女にもなりきれていない佐助の肉体を侮蔑する。
この体で幾度も幸村と交わっていたのかと思うと、余計に許せなかった。
敬愛された主を何度も汚されたという考えが頭から消えない。
「……っ」
膨らんだ肉を鷲掴みにされて、佐助は苦悶で声を上げた。
爪を立てられ、遠慮も容赦もなく胸を揉みしだかれる。
ぎゅっと腿で下半身を隠そうとしている佐助の膝を足で割る。
はっと息を詰め恐ろしさと絶望とで一瞬思考が停止したように固まった佐助。
(いやだ)
嫌悪と拒否感が同時に襲ってきて、全身の血が冷える。
仕事で何度も男に足を開いてきた。今更純情ぶる必要などないと理性では思うのだが、理屈ではないのだ。
佐助の体は最早、幸村しか受け入れない。それなのに、自分の体を無理矢理にでも開こうとする六郎に、震えが走った。
いやだ。いやだ。いやだ。
心が叫んでいた。
目の奥が痛いくらいに熱くなる。拒絶感にいっぱいになった体が、熱くざわめく。
「やめてくれっ」
佐助は両手でなんとか六郎を押しのけようとするが、力では適わない。それどころか両手首が邪魔だとすぐに帯で結ばれてしまう。
抵抗する手段を完全に奪われた佐助は、言葉で必死に訴えるしかなかった。
「いやだ。ろくろっ。やめ……っ」
佐助が恐怖と拒否感に泣こうと構いもせず、六郎は開いた手をするすると下肢に移動させる。
彼の中を満たす憎しみと怒りが、佐助の言葉を聞くことをしなかった。
萎え切った一物をひとなでし、硬く閉ざされた蕾に指を無理矢理入れる。
「たっ……ろくっ……!」
おねがいだ。やめてくれ。
ひゅうひゅうと喉が苦しげに鳴る。
涙で視界がぼやけた。真っ向からみつめてくる六郎の顔が、よく見えない。
「私はお前を許さない」
吹きつける声は佐助の存在そのものを拒絶し嫌っていた。
続
憎しみだけを抱く。
怒りだけを生きる糧にして。