やさしいと、おもった。
抱かれているのに、抱かれている気がしない。やわらかいふかふかしたものに包まれながら守られているように穏やかになれる。
肉体はつながることがなく、犬がなめてくるような、くすぐったい愛撫をのみを受ける。
拙く感じるそれに、皮膚の奥は徐々に熱を持つ。
体の底から、狭い満ちを押し広げるようにせり上がるものは穏やかさとは違う、生々しい欲情。しかし、相反して佐助をぐうるりと満たすのは、安らぎであった。
視界の端に、紫陽花が目に映る。必死になって佐助の肌を舌でなぞる幸村をともにみつめ、佐助は極まるものをこらえるように目を閉じた。
まるで、雨のふるなかにいるような気持ちだった。冷たく体を打つ雨ではない。
けぶる雨の気配に、安らぎを覚える。幸せをみせるような、青い空が流すあたたかな涙。
胸が締め付けられるほどの美しい微笑をこぼして、胸が痛くなるほどの切ない涙をながすのだ。
まるで恋をしているみたいに。
ああ、と声をもらし、佐助はちいさく身じろぎした。その体を抑えるように幸村は佐助の体にのしかかる。
首の付け根に顔を押し付けて、強く吸い付いた。赤い痕よりも、青い痣が残ってしまいそうな強さ。
痛みと奇妙な違和感をもたらすそれに、佐助はくんと筋を伸ばす。のけぞった首は、幸村の行為を止めるよりも、もっとと求めるように差し出されていた。
とくんとくんと、ひとつずつ確かに刻み、生きる証を示す音が、佐助の肌に届く。
幸村の暖かさが、薄い皮膚を通して伝わってくる。
それに目の奥がじわと滲むほど安堵を感じる。共にいることに幸せをかんじる。
ぴったりとよりそった肌に、ひとつになったようだと錯覚しそうになる。鼓動を刻む間隔が同じになって、呼吸の熱さが重なって、絡んだ指を強くにぎりしめた。
もう二度と離したくない。
その手を掴んだまま死んでしまいたかった。
ほどけないようにと祈るんだ。
その祈りが、綺麗なまま空に昇華すればいい。そしてまた、綺麗な空の涙として落ちてくるんだ。そのとき、空の涙を見て、少しでも幸村に自分の祈りが届けばいい。
綺麗な紫陽花は貴方の笑顔。
俺の祈りは少しでもそれにとどくだろうか。
ずっとこうしていたい。あなたのすべてにおれはしあわせをかんじてしまうほどあなたを……
「……こわしたい」
幸村はちいさくつぶやく。佐助を見下ろし、熱に潤み情欲を宿した男の目は、嫉妬に濁ったもの浮かべていた。
「お前はまだ紫陽花を見る……こわしてしまいたい……」
佐助の心が、水面が漣をつくるようにゆれる。幸村の少しだけ寄せられた眉は、追い詰められたように苦しげだ。
佐助に衝動をこらえることは困難であることを訴えるが、佐助はやはり首を振った。
「駄目……見ないから……だからやめて……」
佐助の懇願に、渋々といった態でうなずく。幸村は佐助への愛撫を再開した。
「おれだけをみろ……」
耳元でささやかれ、息をふきかけられる。ぞわりとしたものが背筋に走るが、不快ではなかった。
「ほかのものを見るな……」
「みない、から……」
佐助はつぶやくように返す。ちいさな声であったが、それは幸村に届き、安堵の息をこぼした。
追い詰められているように幸村は、今までにない必死さで佐助の体を溶かしていく。
佐助が自分のものと確かめるようであったし、佐助は自分のものと示すようでもあった。
(ごめんなさい)
叫びたくなる。
(俺は、貴方にあやまらなきゃならないのに……)
しあわせになんかなってはいけないのに……
(貴方のその執着ようなことばに……)
満たされているなんて……
この圧倒的幸福のまえでは、絶望も嘆きも悲しみ喪失感も消えてしまう。罪悪感すら浚っていってしまって、おれはただの男になる。
「ごめんなさい……」
絡めた指に力をこめた。
貴方を傷つけてごめんなさい。
しあわせになってごめんなさい。
ぽた。
落ちてきたしずく。
「いいんだ……もう、いいんだ……」
幸村は、泣きながら微笑を浮かべていた。
それに、佐助もまた涙をこぼした。
佐助の涙と、こぼれる幸村の涙が、一つの軌跡を描いていく。それは、指を絡めるように強い絆で、幻のように儚いしあわせだった。
それはきっと、空の涙よりも、綺麗な祈り。
「さすけ……」
あまいものが含まれた声とともに、絡んだ指が解けていく。
佐助はそれに不安を覚え、幸村を見つめる。
佐助の不安をぬぐうように微笑みかけている。
静かにこぼれる涙を受けながら、佐助は熱を失った手の寂しさに震えた。
「俺を、抱きしめてくれ……」
幸村は佐助の背に腕をまわした。力強く抱きしめられ、息が苦しくなる。
呼吸困難におちいりそうだ。
胸が痛い。じくじくとしみるような痛みだ。我を忘れて狂ってしまいそうになる。
いや、一層のこと……
(狂ってしまいたい)
その苦しみに奥歯を軋ませていると、瞳で抱き返すことを乞われる。
欲求を切なく訴える瞳に、佐助はおずおずと腕を回し、幸村を抱きしめた。
続
償うまえに笑ってください。
笑ったあとに愛してください。