抱いた後、この体を抱きしめて眠るのは初めてだ。
最中は合わさる肌の熱の高さで気付かないけれど、この男の体温はぞっとするほど冷たい。
それは、昔から変わらぬことであったな。
暖めてやろうと必死になって熱を分け与えようとしていたときもあった。
そんな自分を忘れていた。
幸村の表情が歪む。
ちくりと胸を刺すものがあった。それは、罪悪感と呼べるもの。
傷付けて、泣かせて、佐助から全てを奪っていって。
佐助を罪びとと罵るが、自分のしてきたことのほうが、あまりにも残酷で、重いものなのではないか?
佐助は十分すぎるほど報いを受けた。むしろ、罰せられるべきは己ではないのか。
勝手に頭の中に流れこんでくる断罪と糾弾の声。
幸村はそんなわけない、と首を振る。
俺は、この男に犯されたのだ!
誰よりも信じていた。
誰よりも傍にいた。
誰よりも長い時を過ごした。
誰よりも、誰よりも、誰よりも……
飄々とした男が、自分にだけ見せる屈託ない笑顔。
くすぐったくなるような、優しい言葉。
心が温まるような、わが身を案ずる佐助の心。
佐助は自分にだけは本当の姿を。……冷酷な忍ではなく、優しい人の心を見せてくれる。
そう、自分に思わせて……この男は裏切ったのだ。
それは全て演技だったのだ。
その本性は薄汚い獣のような男でしかなかった。
でなければ……
まるで、人形でも抱くように……俺を組み敷いて、後ろから無理矢理おかしてくるなんて、しないはずだ……
信じていた。誰よりも。
傍にいた。誰よりも。
一緒の時を過ごした。誰よりも……
誰よりも、誰よりも、誰よりも……!
佐助は何も言ってこなかった。
ただ、背中から覆い被さり、おぞましいものを押し付け、体を揺すってきた。
部屋をうめるのは幸村の悲鳴ともつかぬ喘ぎ声と、肌がぶつかる音となかで肉がこすれあう音。
暗闇に慣れたが、ろくにものも見えぬ目で見たのは畳の目、ぐしゃぐしゃになった布団と己の着物。
ふ、と幸村は息を吐く。思い出したくもない屈辱の記憶のはずなのに、それを平然と思い出せることが不思議だった。
胸を締めるのは憎しみと怒り。けれど、行為自体の嫌悪感はなかった。
何故、怒りが湧き上がるのか。
(それは佐助が俺を無理矢理抱いたからだ)
何故、憎しみの炎が身を焦がすのか。
(家族のような存在が……俺を裏切ったからだ……)
幸村は傍らで眠る佐助を殴りつけてやりたい衝動にかられた。だが、同時になにかがそれを制止してくる。
傷つけるな、と。
もう、泣かせるな、と。
ふたつの濁流がせめぎ合い、轟きを生む。それに突き動かされるように何かにあたりたい。
無形の波がぶつかり作るのは、発散されることを望む衝動だ。迸る血潮のような。本能に支配された獣のような。
思うが侭に叫び、槍を奮い戦場を駆け巡りたい。
この、熱はなんなのだ。
熱い。
そしてその熱さが苦しい。
戦場でどんなに炎を操り、周囲を赤の海にしようと、高揚感はあっても苦しさなんかなかった。
だが、この炎は苦しい。
轟々と燃え盛るくせに、氷のような鋭さがあるような……
人の亡骸を天に運ぶ埋葬の火のような切なさがあって……
この炎は本当に、怒り、なのか?
息が、出来なくなる。
「おれは……」
喉がひりつくほどに渇いた。
幸村はそれを癒すようにごくんと唾液を飲む。
幸村は眠っている佐助の体を静かに清めてやり、着物を纏う。ここに居ても堂々巡りの思考しか働かない。
ゆっくりと立ちあがり、特になにも考えず佐助を撫でる。
(紫陽花……か……)
続
幼い少年はその花に嫉妬した。
彼がその花ばかり愛おしそうにみつめるから。