冷たい空気を誤魔化すように掌を擦り合わせ、暖かい吐気を吹きかける。

足袋を履いた足でも、床の冷たさが伝わってきて、少しでも接触する面積を減らそうと、交互に足の上に足を置く一本足立ちになる。
「いないなあ〜」

佐助は背中を猫のように丸め、きょろきょろと辺りを見回した。探しものが見付からないのか、足早に移動しながら視線を巡らせる。
厠の帰りに、なにかを探している様子の佐助とすれ違った幸村は、鬼の首を取ったかのようなしたり顔で、佐助に笑いかけた。

「忍が探しものとは珍しいな」

何時も物を無くし、佐助に叱られてばかりいる幸村は、彼の揚げ足を取れる材料を知れた、と喜びの笑顔を浮かべる。
何をなくした?と喜々として尋ねる幸村に、佐助は何もなくしてませんよと首を降った。

「猫を探しているんだよ」

「猫を?」

「そう。せっかく今日はお休みを頂けたわけだからね。寒いし、猫と一緒に昼寝でもしようと思って」

「猫なら某の部屋で丸くなっておるぞ」

幸村がつい、と己が部屋を指さした。佐助はそれにつられて指先にある方向を見つめ、残念そうに息をついた。

「なんだ。旦那の所にいるんなら、一緒に寝れないじゃないか」

ひとりで寝るよと呟き、かちかちと歯を鳴らした。佐助の哀れみを感じるほど凍えた姿に、幸村は「俺の部屋に来ればいい」と何気無い顔で誘う。

「忍隊の頓所よりも近いだろう。某の部屋には火鉢もあるしな」

幸村は佐助の手を握る。

「……冷たいな」

「あんたはの手は暖かいね」

「佐助の手が冷たすぎるだけだ」

幸村は佐助の手の氷のような冷たさによもや、と思い佐助を引き寄せ、抱き締める。布を隔てても伝わってくる身震いするほどに冷たさに、幸村は眉をしかめた。

「だ、旦那……?」

いきなり幸村の腕の中に閉じ込められた佐助は、抱き返すことも、抵抗することも出来ず、ただただ唖然とする。

瞬間、火薬が爆発するように激しく心臓が脈打って、男を知らぬ生娘のように、佐助の頬にさっと朱が混じった。

「俺の部屋に来い。佐助。体を温めてやる」

その言葉に、佐助は甘い期待がよぎってしまい、それはないと慌てて首を振る。
(旦那は純粋に俺の心配をしているだけなんだよな……)

だからこそ、質が悪いと佐助は内心罵った。
忍が主に抱いてはならない感情が、勝手にざわつく。
どうせ何もないということは予測できても、もしかしたらと期待せずにはいられない。
そして佐助の期待は、期待した数だけ裏切られている。
当然と言えば当然なので責めることもできやしない。
このご時世、武士の男色は珍しいことではないが、誰もがその気が有るわけではない。
幸村も、戦の後体の熱を鎮めるために、小姓を抱くがそれは恋愛の対象ではない。
あくまで性欲処理の捌け口で、自分はそれにすら選らばれたことがない。

(ま、性欲処理の相手をしたいわけじゃないけど)

愛されたいのだ。

幸村に。

愛されて、心が交わって、そして幸村に自分の全てを見せて、体を繋ぎたい。


少しでも、主と部下しての関係から逸脱したい。

愚かな望みと自覚はしても、心の中に燃え続けて消えぬ火、なのだ。

幸村は佐助から離れて、手を引いて己の部屋に招き入れる。

廊下とは別世界のような暖かな空気が佐助を包み込む。内から冷えきった体は、それだけでは暖まりはしなかったが。

敷きっぱなしの布団には、佐助が探していた猫がくるりと丸まって寝ていた。

幸せそうなその寝顔に、佐助は口角を緩ませ、寝ている猫を抱き抱えた。

しかし、安眠を妨害された怒りのせいか、佐助のあまりの冷たさにか、猫は佐助の腕から逃げだしてしまう。いつもはなついて寄ってくる猫に嫌われ、佐助は少し傷ついた。

「人間だって、お主のように冷たい体に好んで触れようと思わないさ。寒がりの猫ではすぐに逃げるのも当たり前だ」

幸村は笑い、安眠を邪魔した佐助を恨みがましそうに睨みつける猫を抱きあげた。

猫は逃げなかった。

幸村の腕の中でぬくぬくと幸せそうに喉を鳴らす。

佐助は目を細め、恨みがましさの混じる羨望の眼差しを向けた。

「はは。猫を取られたからってそんなに怒るなよ」

佐助はついと顔をそらした。

(だから猫を取られたからじゃないんだってば)

佐助の不機嫌な表情を肯定と受け取ってか、幸村は笑った。

「体が暖まれば、猫だって暖を求めてやってくるさ。ほら、佐助。火鉢にあたれ」

幸村は佐助を火鉢の前に座らせる。

「体が暖まったらそこら辺に勝手に眠ればよい」

「勝手に、ねえ。忍が主の部屋でそんな無作法出来ないってわかってる?」

「某は気にしない。だから佐助も気にするな」

火鉢を挟んで佐助の向かい側に座る。その膝の上で、猫がくるりとまるくなる。
(あ〜俺も猫になりたい)

ここ最近だけで、何回そんな馬鹿げた願望を浮かべただろうか。

佐助は、内心の絶望なんておくびにも出さず、「それじゃあお言葉に甘えて、ここで眠らせて貰いますよ。今更寒い部屋に戻る気にはなれからね」と瓢々と笑った。

「そうしろ」

「邪魔だって言っても出て行きませんからね」

「言わぬ」

「そうかな〜。自分の部屋に大の男が転がってたら、邪魔だと思うよ?」

「思っても口にはせぬ」

「思うんだ!?」

酷えよ。佐助は眉尻を下げ唇を歪める。一瞬、泣きそうに思える苦笑だった。

酷い主、と心にもないことを冗談混じりに呟いて、佐助はごろんと寝転がった。
「ふん。だったら邪魔出来るだけ邪魔してやりますよ」

幸村は佐助の言葉に、そうしろ、と喉を震わせた。