零れ落ちるため息は誰をおもって貴方をなやませるものなのだろう。
風鈴の音はまるで貴方のこころの寂しさを唄っていた。
それは再会
「……見つけたよ。旦那」
明るくも暗くもない。
しいて言えば感情を押し殺したような低い声の主は、佐助だった。
幸村が佐助に女性を探して欲しいと頼んでから三日。
僅かな情報で短い間でよく見付けたものだ、と幸村は大層喜び、佐助を誉めると、佐助はついと顔を反らしてしまった。
「どうした?佐助?」
いつになく眉がしかめられ、唇が噛みしめられている。
幸村が心配してさらに問いつめようとすると、彼の話す隙を奪うように立て板に水とばかりに佐助がべらべらと話し始めた。
「流石の俺さまも疲れちゃったよ!全く旦那も大変な仕事をさせてくれるよね。
あんなちょっとだけの情報で探させるんだぜ?それでも見付けられた俺さまってすっげえ優秀だろ!
でもさ、働かせすぎ。三日三晩寝ずに探したんだからね。今日一日は休みもらって寝てるからね、俺。頼むから起こさないでよ」
本当は三日三晩悩んだのだ。
幸村を騙すことは出来ない。
けれど、幸村に、自分を見て欲しい。
……いけない。己の馬鹿な我が儘で、主を騙して傷付けてどうする?
ばれたらどうするつもりなのだ?
佐助は己に問う。
どうするもこするもない。
真面目で実直主は、裏切りを許さないだろう。
きっと……
いや、必ず嫌われる。
佐助はその結論に、ごくんと唾を飲む。
騙した張本人である佐助を見ることも嫌うだろう。
優しい主は恐らく命を奪うことまではすまい。
けれど、今まで築きあげた信頼や友情は、霧が散るように消えうせるだろう。
旦那に嫌われる……
それは、死ぬことろよりも、佐助に身を凍らす恐怖をあたえた。
いやだ……
旦那に嫌われるなんで絶対にいやだ……
とても、とても、いやだけど……
けれど。それ以上に、
大切な主の、心を……傷付けてしまう。
それだけは……
それだけはしてはいけない。
佐助は己に言い聞かせる。
しかし、それを打ち消す誘惑が、かすかに聞こえ、やがてそれが佐助のなかで大きく反響し、唆すのだ。
……でも、ばれさえしなければ、
ばれさえしなければ……
ばれなければ、旦那は俺のこと……
心臓の位置に手をあてると、ばくばくと心臓がなっていた。
嗚呼、なんで俺はこんなに。
旦那に見ていて欲しいんだろ?
……独占したいんだろ?
なんで忍が主を独占したいなんて、愚かな欲求を抱くんだろう?
万死に値する罪とわかっていて。
その欲求を封じ込まねばならないとわかっていて。
どうして……
抑えることができないのだろう。
体の奥底をやく炎に、眩暈がする。
なんで、なんで。
こんなに胸が苦しいんだろ?
そもそも……
こんな……
葛藤をするこすら間違っているのに……
「あ、ああわかった。すまぬ。ゆっくり休んでくれ」
幸村が佐助の勢いにまけ、休みを許可すると、佐助はすぐにいなくなってしまった。
「一体どうしたのだ?」
幸村は首をひねるが、ようやく惚れた女性に会えると思うと喜びと胸が弾む興奮が迫り上がってくる。
女性のことばかり考えてしまって、佐助に対する訝みも時がたつうちに薄れていった。
◇◇◇◇◇
佐助に渡された地図を頼りに、茶店に向かう。なんでも最近になってその店で働き始めたらしい。
ジリジリと焼けつくような炎天下の下、幸村は涼む夕方まで待っていられず、その店に向かった。
初めてつかう道に幸村は惑いながら歩いていると、ようやく店を見付けた。
町の大通りに面し、人が多く出入りする場所。
甘味処と書かれた旗がはためき、団子や茶を求める声で店は賑わっている。
店から見覚えのある女が出てきて、幸村は思わずもの陰に隠れてしまう。
「ありがとう!兄さん。また来ておくれよ」
女の快活な声に店を出ていく男は満面の笑みでおおと返す。
朱が僅かばかりに混じっていた。
しとやかそうに見えた女の明るい姿を盗み見て、幸村はまた胸をどぎまぎさせた。
(あんな表情もするのか……)
胸に手をあてたら、戦場にいるときのように高ぶっていた。
話をしたい……
しかし、いざ話かけようと思うと途方もない勇気が必要とされた。
声をかけようと思っても、喉の手前でひっかかる。
せめて店に行こうと足を進めようとしても、痺れたように足が動かない。
(う、う〜む)
虎の若子も恋の前では単なる一般青年になってしまうらしい。
決意がつかず、うろうろしていると、女性は店の中に戻ってしまう。
話かける勇気はまだ出ないけれど、姿を見ていることだけはしていたかった。
幸村は勇気を振り絞り、店に足を進める。
あわよくば女性のほうから話かけてきてくれるのを期待して……
「いらっしゃいませ!」
明るい声の先。
幸村が熱っぽく見つめるその先に。
ずっとずっと、会いたかったひとの姿があり、ばちりと合った視線に、幸村は心臓を高鳴らせた。
そのひとは小首をかわいらしく傾げ、ああ、と唇を開いた。
その反応に、覚えていてくれたののだな、と幸村は嬉しくなった。
自然と顔は綻び、「あの時は……」と勝手に口が開いていた。
それに続く言葉が緊張で思い浮かばなかった。顔を真っ赤にして金魚のようにぱくぱくと口を開けたり閉じたり。
情けない姿を晒していると、女のほうから近付いてきて、ぺこりと頭をさげた。
「お武家さま。あの時はありがとうございました」
「いや、某はなにもしておらぬよ……団子と茶をひとつ、貰おうか」
幸村はなんとかそれだけを言った後、しまった!と心中で叫んだ。
いきなり会話を打ち切ってしまった。
もっと話せたのかもしれないのに……
後悔しても時既に遅し。
女は注文の品を取りに店の奥に行ってしまう。
まあ、話しを打ち切らなかったとしても、どうせ続ける話しの内容がなくて恥をかくだろうから、これでよかったのかもしれない。
幸村は大人しく席につき、頼んだものが来るのを待った。
「お待たせいたしました」
運んできたものを受け取る。
幸村は品が届くまで必死に考えていた話しかけるきっかけの言葉をなんとか口にする。
「そ、その……風鈴を頂いて……なんと申せばいいのか……ああ、ええと……礼を言う」
情けないほどつまりながら、支離滅裂に女に礼を言った。
彼女は幸村が呆けて我を忘れるくらいの綺麗な笑みを浮かべた。
それは幸村の目に、残光を残すほど煌めいて見えたのだ。幸村は知らず知らずのうちに胸を抑えた。
この、掻きむしられるような、激しい愛しさは一体なんなのだろう?
「それは、恋だ」
と。
慶次殿なら言いそうだが。
この目の前に居る愛しい人ごと燃やし尽してしまいそうな灼熱を恋というのならば。
恋とは、人を殺す高揚になんと近しいものなのだろう……
こんな残虐で横暴な感情を恋と呼ぶのならば。
恋とは人を傷つける感情の刃そのものではないだろうか……?
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