幸村が年上
1 迷走
迷いがあるなら、やめてしまえ。
告げられた言葉に、佐助は目を見開いた。
嘲笑ってやろうとして喉から絞りだした音は、不意の事態にかすれた。
「……は。今更んなこといわれても……」
遅い、と溢した言葉に才蔵は静かに首を振った。
「遅くはないだろう。お前はまだ人を殺していない」
その手はまだ、汚れていない。人の血に濡れていないその手なら、まだ、忍の宿命から逃れられる。
赤色の光が、存在そのものが闇のような才蔵を、染めあげる。まるで血を被った不吉な印象を思わせ、彼の持つ闇の深さを物語っていた。
「……忍をやめられるわけないだろう?俺は、忍以外の生き方を知らない」
少年の眼差しは鋭く、拒絶に満ちていた。ただひとつの生き方しか知らない彼にとって、才蔵の言葉は死ねと言っているようなもの。
敵意すら混ざる険悪な様子に、才蔵は唇を皮肉に歪めた。
黒色の眼差しに、更に濃い翳が落ちる。憂いを通り越し、何処か同情めいたそれは、鮮やかな血の色のせいで凶悪な獣めいていた。それは、今からとどめを刺す獲物に最後の祈りの時を与えるような、残酷な慈悲深さを映す瞳。
「……ならば、決めろ」
才蔵は佐助の手に、苦内を握らせた。
鉄色が、寂しく光を反射している。鈍い存在感を佐助の手の中で放ち、狂気も殺意もなく、ただ"刃"として在るそれに、佐助は言葉に出来ない静かな怒りを覚えた。
苦内は人を殺す機能を持っているだけで、ただこの手に握っているだけのときは
人の命を奪えるわけではない。
そこに使用者の殺人の決意が加わり、実行に移したとき初めて殺戮のための道具とかす。
当たりまえのことが理不尽に思えた。
人はその気になれば、素手でも人を殺せるが大抵の場合道具を使う。
刃物や棍や紐や毒や。
道具を使うのは素手で行うよりもずっと簡単に人を殺せるからだ。
そう。簡単に。
あっさりと、悲鳴もあげさせず、闇に紛れ、忍の任務を遂行できる。
人殺しの道具さえなければ、己はひとを殺すことへの葛藤など抱かずにすんだ。
刃は刃。人を殺すためにあり、そしてそれだけでは人を殺せないもの。使用者の殺意と決意が加わり凶器となり、刃と使用者の手を血に濡らす。
佐助はそれがとても理不尽に思えた。
罪の意識を背負うのも、罪を償うために生きるのも直接的に殺すための要因となった道具ではなく、その使用者なのだ。
道具さえなければ負わなくてすんだものがあったのに。
なくなってしまえ、と思った。人の命を狩るもの全て。
今、手の内にある苦内を投げ捨てたくなった。佐助はそれを堪えるために強く拳を握り、強く握りしめすぎた拳が白くなった。
続