――闇に生きる俺に光などいらないよ。
忍の言葉が不意に蘇り、幸村は閉じそうになっていた瞼を開けた。
悲しげな瞳が、脳裏に思い浮かぶ。実際は忍の瞳など見てはいないのだけれど、きっと彼は悲しげな瞳をしているのだと勝手に思っていた。諦めたように呟いたその言葉が、今にも泣きそうな彼のこころを、表していたから。
ふ、とはっとしたように幸村は自身に問う。
(忍?彼? 誰だそいつは?)
夢か、と気付いたのは己に問うて、すぐ。
ずいぶんと、寝惚けていたしい。夢であることも気付かず、覚醒の半ばでさえその夢に引きずられて現実を喪っていた。
目の前には、黒板を写す途中のノートがあった。黒板の内容と自分のノートの内容を見比べて、まだ授業にそう置いていかれていないことを確認し、まだ写していないところを慌てて書き足す。
教壇に立つ教師に眠っていたことがばれていないことにほっとしながら、幸村は夢の中の男を思い出す。
……忍、な。
橙色の目立つ髪をした忍とは、随分と変わっている。そんなありえない"忍"の姿に、あとになって夢は夢だな、と幸村は納得した。たかだか夢の中にでてきた男の姿や声を現実に会っていたかのように思い出せても、夢でしかないのだ。
旦那――
呼ぶ声に、「佐助」と自分でも驚くくらいに明るい声がでた。なんだその子供みたいに甘ったれた声は、と今になると恥ずかしくなる。
俺はそんな風に誰かを呼んだことがない。俺はそんな風に誰かを呼ぶ気はない。
なのに、夢のなかの自分は「佐助」という名の橙色の髪の忍に胸を弾ませて見つめている。
全力疾走したあとのように熱く駆け巡る血流。言葉にはできぬ甘い胸の疼き。
幸村は思い出した夢の内容に頭を抱えた。こめかみの辺りに痛みが走る。
夢のなかにいた「佐助」という忍は男だ。
それに、恋にも似た感情を夢の中であっても抱いていたという事実に、幸村は軽く衝撃を受ける。
男に惚れるなんて冗談ではない。
俺はノーマルだ。と、
幸村がたかだか夢の内容にここまで気にするは、彼が通う高校が男子校であることに起因している。
幸村がノートから顔を上げれば、そこには男、男、男、と男ばかりに視界が埋め尽くされる。
この男子ばかりの空間で、なにを間違ってか同性に走るものが共学の学校よりも高い確率で出現する……と幸村は思っている。
中学は公立の中学校に通っていたのだが、そのときは同性愛者というものはいなかった。例えいたとしてもこっそりと隠れていたのだろう。
この学校は、男性が男性に恋をするという状況に些か寛容で、男子と男子が友情というくくりではかんがえられないほど親しく接する光景を幸村はよく目にする。
幸村はそれに嫌悪感はないものの、そちら側に足を踏みいれる気など毛頭なかった。
目鼻立ちが整い、格好いいというよりもかわいいという顔立ちに属する幸村はそれなりに男子からも人気があった。
強面の先輩から交際を申し込まれようが、それなりに後輩から格好いいと人気がある先輩からお付き合いを頼まれようが、幸村は丁重に断ってきた。
それが、あのような夢を見るなど……
幸村にとって、まさか嗜好の変化か!? と少々どころかかなりの一大事であった。
そこで幸村は考えを打ち切る。このままつらつらと夢について考えても、自分の傷をえぐるだけだ。墓穴を掘って、抜け出せなくなって、深みにはまる前に幸村は夢について考えるのをやめた。
幸村は黒板を再び見据える。
真面目にノートを取りながら、けれど頭の隅で夢の中に出てきた「佐助」を忘れられずにその姿を想い描いていた。