結局佐助は、引きずられていくようにして修学旅行のバスに乗った。

両親が、幸村の言うことに逆らえるはずはなかったのだ。

佐助は幸村と両親、双方に命じられ、修学旅行に行かせられた。

トイレや風呂。その他諸々のことを考えると佐助は不安でならなかった。

旅行にはいつも世話をしてくれている小太郎がいない。

幸村がいろんな面倒を見ると引き受けたけれど、幸村にはそこまで頼めない。

赤ん坊の頃から下の世話やら、風呂の面倒を見てくれている、照れのない慣れが、幸村にはない。

幼い頃から知っている親しさはあっても、裸なんて見せたことがないし、裸のまま担がれたことはない。

(それに、この女みたいな体……)

それを見られるのが恐ろしい。
臭い、と鼻をしかめられてもいいから、三日の間風呂に入りたくなかった。

両親は部屋についている小さなシャワー室で、佐奈に体を洗ってもらえというけれど、そんなこと頼めるはずがなかった。

佐奈は佐助のことを嫌っているのに。

はあ、とため息をついた。

みなが期待と楽しさで騒いでいるなか、佐助だけが沈んでいた。

佐助は、幸村の隣に座っている。
乗り慣れた車椅子は、幸村の両親の会社に届けてくれるらしい。

ため息をつく佐助に、幸村は心配そうに問う。

「やっぱり嫌だったか?」

うん、と正直に頷くことは出来ず、佐助は首を振った。

「ううん。落ち着かないだけ。いつも座るのは車椅子だから、慣れないんだ」

「そうか。すぐに慣れるといいな。なあ、佐助。バスが着いたら車椅子じゃなくて、しばらくだっこさせてくれ。
昔より力が付いたから、かなりの時間佐助を抱きあげられるぞ」

佐助はしばらく考え、首を振った。最近幸村は変な場所に触ってくる。
言葉には出来ないけれど、佐助はそれが嫌だった。

「いいよ。疲れるだろう?」

佐助が断ると、幸村はむっと顔をしかめる。

「なんで最近佐助はそうやって断ってばかりなんだ?
言い方を変えるぞ。
車椅子に乗るな。俺に抱かれて移動しろ。
首を横に振ったら車椅子を壊すからな。あんなもんがあるから、佐助は俺にだっこさせてくれないんだろ?」

語気を荒げて幸村は佐助を脅す。
身勝手なもの言いに、佐助は諦めて首を縦に振った。

「わかったよ。疲れたらすぐに言ってね。無理はしないで」

佐助が素直に従うことに幸村は満足して、バスが着いたら回ることになる植物園のパンフレットを広げた。

「なあ、佐助。どの花を見たい?」

「綺麗なやつ……でも、俺、植物園の花は好きだけど嫌いだな……持って帰れないから」

「いっつもどうでもいいものを拾うよな。まつぼっくりなんて何個たまったんだ?」

「邪魔だって言われて母さんに捨てられちゃった。でもね、俺、まつぼっくりより背の高いすすきが好きだな。あんなに細いのに、自分で立っていられるんだもの」

佐助のさらりとこぼれた言葉に幸村は強く反応する。

「佐助は立てなくていい。
佐助が普通に歩けたら、お前を抱き上げて歩けないじゃないか。佐助はずっと俺に支えられなきゃならないのに、何故そんなことを言うんだ?」

幸村の低く落とされた声が、バスの喧騒に掻き消されず、佐助の耳に全て届いた。

ごめん、と佐助は謝る。

何故謝らなければならないのか分からないけれど、佐助は謝った。

両親に幸村には逆らうな、と言われているけれど、それだけではない気がする。

しかし、その理由を探し出せないまま、バスは止まる。

目的地に着いたのではなく、トイレ休憩のためにパーキングエリアに止まったのだ。

「佐助、トイレは大丈夫か?」
「平気。水、そんなに飲んでないし」

佐助はほとんど中身を飲んでいないペットボトルを振ってみせた。

「遠慮することないんだぞ。行きたかったらちゃんと運んでやるから」

「まだ平気だ」

佐助は首を振り、「幸村こそ大丈夫?」尋ねる。

幸村はよく水分を取る。
彼が持ってきたペットボトルは空に近い。

「……ちょっと行ってくる」

むずと動き立ち上がる。

幸村がいなくなったのを見計らい、後ろの席に座っている政宗と慶次が顔を出す。

「相変わらず我が儘だよなあ。あいつ。佐助も大変だな」

心底同情した表情の慶次は、しかしその反面何があっても、深刻にはならず、ん、と佐助にお菓子を差し出してくる。

「お前、逆らってみたらどうだ?喧嘩するなら変わりにやってやるぞ」

佐助は慶次が渡してくるお菓子を受け取り、口に放る。

「それ、政宗が幸村と喧嘩したいだけだろ?人をだしに使うなよ」

佐助がたしなめると、政宗は残念だ、と呟き、慶次の持つお菓子をひとつ奪う。

この二人は仲がいいのか悪いのか、よく喧嘩ばかりする。
どちらが強いのか決めるために、学校その他の場所で喧嘩をしたり、剣道場で竹刀を振るってみたり。

結局勝敗はつかないことが多く、そのたびに二人は次こそは勝つと吠える。

仲はいいのだろう。

こうやって修学旅行の班が一緒で、気軽に話あえるのだから。

政宗と慶次は、幸村の次に話す時間が多い。幸村も同じだろう。

三人が話していると、困った顔をした幸村が戻ってきた。

「どうした?」

政宗が問うと、席に座り白い封筒を見せる。

政宗がそれに手をのばすと、幸村はさっとかわす。

「渡された」

端的に言うと、その手紙をポケットに突っ込む。それを見て慶次は大事にしろよ、と咎めた。

「女の子の気持ちが入ってるんだからな」

「入っていようが、入っていまいが、もらったものをどうしようと俺の勝手だろ」

冷たく言い放つ幸村は、新たに買ってきたペットボトルを開ける。

佐助はその会話に参加せず、うつ向いていた。

顔は青く下唇を噛み何かに耐えている。

いつもそうだ。

幸村が女子に好意を向けられるたびに、狂暴な感情が湧きあがってくる。

胃がムカムカしてきて、心臓が痛くなる。

本当ならば、幸村に中身がなんであるか分かりきった手紙を渡した少女を殴ってやりたい。

自分の足で歩けたら、殴りに行ってやるのに。

おそらく、自分は幸村が好きなのだと思う。

ただの友達としての好意ではなく、少女たちが幸村に向けるような感情を、抱いているのだ。

おかしなところを触られても、拒みきれないのは、好きだから、なのだ。
好きだから、拒んだ挙げ句嫌われたくない。

「幸村、やっぱりトイレに行く。連れて行って」

時間はあと五分ある。

行って戻ってくるには十分な時間だ。

****

二人でトイレの個室に入る。奇異の目で見られようが関係ない。

個室に入り、鍵を閉め、蓋のしてある便座に佐助を座らせる。

「手紙」

佐助は掌を出し、示す。

幸村は楽しそうに笑って、手紙を佐助に渡した。

「なんで、俺に破られるって分かっててもらってくるの?」

びり。

一文字も読まれないまま、その手紙は引き裂かれる。

びりびり、びっ。

執拗なほどに小さく小さく手によってちぎり捨てられる。

「わざと見せ付けてさ。読みたいなら隠しておけばいいのに」

「それでは佐助に悪いだろう?」

怒りを露にしている佐助に笑みを向け、もう一度抱き上げる。

時間だから戻らなければならない。

「俺はいつも幸村の我が儘を聞いてるんだ。俺の我が儘だって聞いてよ。
ねえ、他の女の子なんて見ないでよ……好きにならないで……」

佐助は幸村の首に腕をからみつかせ、耳元で囁いた。

恋人でもないのに、恋人気取りをして、迷惑ばかりかけているのに、こんなことを言って。

幸村が誰を好きになろうが、それは勝手なのに、言葉で束縛して。

(馬鹿なことしてる。すっごく馬鹿なこと)

そう思っても、胸の内で巣食うものは止まらない。止まらないままで膨れあがる。

(苦しい。なんでこんなに苦しいんだろ?胸を潰してるから?……ああでもきっとそれだけじゃない……)

****

バスは植物園に着き、幸村は早速佐助を抱きあげた。

背に負えばまだ楽なのだろうが、幸村はお姫さまだっこという形にこだわる。

クラスメイトは見慣れたからあまり気にしていないようだが、道行く擦れ違う人々は奇異の目で二人を見つめている。

「ね、恥ずかしいから車椅子に座らせてよ」

佐助は顔をうつ向かせて訴えるが、幸村は聞く耳を持たない。

「俺が疲れるまでこのままだ」

幸村の右に政宗。左を慶次が歩き、慶次は空の車椅子を押している。

「幸村が疲れたら、今度は俺がだっこしてしたいな。政宗、代わりに車椅子押してくれよ」

なんで俺が、とうめく。

「それだったら佐助を担いでたほうがまだましだ」

政宗はギロリと慶次を睨みつけた。

「駄目だ。佐助を抱き上げて運んでいいのは俺だけの特権だ」
勝手なことばかり話す三人に、佐助は酷く落ち込む。

これでは植物を見る余裕なんて持てない。

十分程歩いて、幸村はようやく佐助を車椅子に座らせた。

「腕、痛くない?」

「痛くない」

幸村は答え、佐助の乗る車椅子を押そうする。政宗はそこから車椅子の押し手を奪った。

「無理すんなっつーの。どうせ明日も懲りずに担いでるんだろ?腕、休ませろよ」

幸村はむうと唸り、結局は佐助の乗る車椅子を政宗に任せた。

「昼食どうする?ここに一つと近くにふたつレストランあるみたいだけど」

そろそろ昼食時だ。
二時までにバスに乗ればいいから、植物園の中をそれまで見ていてもいいし、出て行くのもいい。何人かの男子は、すぐに植物園から出て行って、近くのゲームセンターに向かった。

「中で食べよ。まだ全部見てないから、昼食食べた後も回りたい」

佐助の言葉に当然のように幸村は頷き、慶次も賛同する。政宗も特に嫌がる理由もないから佐助の意見をくんだ。

****

対して美味くないな、というのが三人の意見。

「まつ姉ちゃんの料理のほうが」
「自分で作ったほうが」
「家の料理人のほうが」

「「「遥かに美味い」」」

佐助も、小太郎と一緒に作った料理のほうがおいしいと思ったが、自分まで否定しては作った人に悪いと思い、「でも、四人で食べるから美味しいじゃん」と消極的に誉めた。

ないよりはましという考え方である。

「まあな。でも、ホテルのバイキングの味なんてたかが知れてるからな、憂鬱だ……」

政宗も幸村も名家の子息だから、舌が肥えている。

慶次と佐助は二人と違い"それなり"の家だが、やはり舌はそれなりに肥えていた。

「明日の街の自由行動は、美味い店で食べよう」

美味い店=高い店。
政宗はそれがいいかもな、と賛成するが、佐助と慶次は首を振った。

「んな金ない!小遣いがいっぺんに消えちまうよ!」

「俺もそうだよ。規定の金額丁度しか持ってきてないんだから」

「佐助の分は俺が奢るから問題ない」

「俺の分は!?」

慶次が半泣きで訴える。

「自分で出せ。それか他の場所で食ってろ」

政宗の冷めた台詞に、佐助はだったら俺も慶次と一緒のところで食べると反論する。

「佐助が一緒じゃないと意味がない。一緒に来い」

幸村は佐助が自分から離れていこうとするのに怒り、強く手首を掴む。佐助はその痛みでスプーンを取り落とす。

あまりいじめるなよ、と慶次と政宗はたしなめるが、幸村は聞かない。

「お前は俺の言うことに逆らってはならない。わかるだろう?昔はあんなに従順だったのに、なんで最近は逆らってばかりなんだ?やはり車椅子を壊してやらないと分からないか?
そうすれば無理矢理運んで一緒に行けるもんな」

幸村は佐助を睨みつけ、自分の方へ無理矢理引き寄せた。

「わ」

態勢を崩し、落ちそうになるのを支えて持ち上げ、膝上に座らせる。

「佐助と俺はずっと一緒にいなければならないんだ」

『そして……深く、繋がるんだ』

一瞬、何処からともなく落ちてきた声に、幸村はなんだ、と首を傾げる。

佐助を膝の上に乗せたまま固まり、どうした?と首を傾げる二人。幸村はなんでもないと返し、佐助を見つめた。

佐助は泣いていた。

声を殺し、幸村の横暴さに涙をこぼしていた。

「ごめっ一緒に行くから……こわさないで……」

耐えず流れる涙を手で拭い、佐助は泣きじゃくる。
幸村は佐助の細い体を愛しそうに抱きしめて、分かればいいのだと背中を撫でてやる。

政宗と慶次は呆れ顔だ。

この二人はたまに見ていてとても恥ずかしい時がある。

素面で恋人さながらの光景を見せ付けてくる。

『バカップル』と嘲られないのは、佐助がいつも泣かされているからだ。

一方的に虐げられる佐助を見て、ふたりは同情を隠せない。

幸村を何度もとめたことはあったが、そのたびに幸村は開き直るし、佐助が幸村を庇う。

それを何度も経験すれば、止めるのも馬鹿らしくなってくる。

佐助が大人しく自分に従うことで幸村は既に機嫌が良くなり、泣いた佐助をなぐさめていた。

政宗はそれから目を逸らし、慶次は肩をすくめ恋はいいねえとうそぶいた。



05.04


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