私の弟は生まれつき、歩くことができない。

膝から下に感覚がなく、自力で動こうと思ったら這って進むしかない。

やけに場所をとる車椅子に乗ることでしか、弟は自由に動きまわることが出来なかった。

両親は"できそこない"の弟を嫌っていた。

自分ひとりでは風呂にも入れず、排泄も出来ず、他人に頼らなければ何も出来ない。

世話をすることを疎み、存在を嫌っていた。

聡明な弟と会話することは楽しく好きだったが、自分の時間を削ってまで弟の世話をするのが嫌で、私は弟を避けていた。

幸いなことに、両親は親の代からの資産家で、弟の世話をする人間を雇う金にはこまらなかった。

世話役は無口な男だった。

彼の声を、私は一度も聞いたことがない。

話すことが出来ないと知ったのは、彼が弟の世話をするようになってから三月ほどたってから。

ずいぶんと遅いと思うが、私は弟に関する興味を失い、それに関わるだけの世話役にも関心が湧かなかったので、仕方ない。

私はそれを知り、幼い心で思ったものだ。

"できそこない"同士おにあいだ。

当時、常識というものをまだ理解していなかった私は、あの二人は結婚すればいいのだ、と思った。

今考えたらお笑い草である。

男同士で結婚出来るわけなんかないのに。

両親も私も、二人に無関心だった。

家の中でただの他人が二人暮らしているような感覚であった。

そんな日常が変化したのは、私と弟が小学校にあがる、少し前。

世話役の男と散歩に出かけ、そして帰ってきたときに、暗く澱んだ家の空気を吹き飛ばすほどの賑やかな少年を、連れて帰ってきたのだ。

その少年は私たち姉弟と変わらない年に見えた。
対して年も変わらないのに、自分たち姉弟とは全く違う存在感を放っていた。

自然と視線を引きつけられる魅力があり、幼い私の目には彼がきらきらと輝いているように見えたのだ。

滅多に話しかけない弟に、私は話しかけた。

彼は誰、と。

ともだち。簡潔な一言が返ってきた。

変わった。激変したと言っても良かった。

両親は帰ってきて、その少年の存在に驚いた。

私は最初、私と同じように、世界にはこんなにも輝いている人がいるのかと、そのような驚きをしたのだと思ったが、違うらしい。

彼は両親が働く会社の社長。それよりも上の"グループ"の会長の息子で、いずれ、父よりも偉い存在になるのだと。

子供の彼が、父よりも偉い、という言葉に、私は疑問をいだかなかった。

少年はそれ以来、頻繁に弟に会いにくるようになった。

弟に楽しそうに笑いかける。

私は、私にもその笑みを向けて欲しくて、見向きもしなかった弟にさも当然のように笑いかけ、無理矢理二人の中に入った。

両親は弟に、少年の機嫌を損ねないようにと厳しく言い、私には少年に気に入られるようにしろと諭した。

言われなくても、私は少年に気に入られたかった。

毎日精一杯の綺麗な装いをして、少年の気を引いた。

けれど彼が見つめる先は何時だって弟だった。

まるで絵本の中の王子さまみたいに、車椅子に座る弟に優しく接した。

弟がお姫さまに見えた。

男の子なのに、女の子の私より、大事に扱われていた。

私はそれが気に入らなかった。

とても、気に入らなかった。


弟に何かすれば、恐らく、私は少年に嫌われる。

それがわかっていたから。

理解したくないが、少年にとって、私はどうだっていいのだ。

そんな私が、弟に何かしたら、きっと私は少年に憎まれる。

後先のことに思いが巡ってしまう程度には、私は賢かった。

だから、私は決して痕の残らない傷を弟につける。

思いつく限りの悪口を、少年が帰ったあとに飽きるまで吐き連ね、両親に隠れて延々と言った。

小学校に入学してもそれは変わらず、少年は私には見向きもせず、弟だけを慈しんだ。

この生活がずっと続くんだと思った。
永遠に続くのだと思った。

変化が訪れたのは小学五年の秋。
小さい頃はあまりかわらなかった体格が、その頃には激然として差がついていた。

動けない弟は筋肉がつかず軟弱で、食が細いこともあり細かった。
少年は活発に動き、時として弟を抱えて移動するときもあったから、筋肉がつき、背も高く、逞しい印象があった。
二人が並ぶと余計に弟は儚く見え、それをやけに大事に扱う少年に、私は目の奥を赤くしていた。
変声期が訪れ、弟の声が少し低くなったと思っていたとき、弟は高熱を出し倒れた。

心配そうに見つめ学校を休んでまで看病している少年には悪いけれど、私はそのとき本気で、弟なんて死んでしまえばいいと思った。

そうすれば、きっと、少年は私を見つめてくれる……と。

しかし、弟はしぶとく生き残った。

声は少し枯れていて、少しだけ"男"に近付いていた。

少年はそれに少し驚いたが、やっぱりお前の声は変わってしまっても綺麗だ、と笑った。

その時は誰も、弟の変化に、弟自身も気付いていなかった。

熱を出し、倒れてから半年も過ぎた頃、弟の体は、異常を示し始めた。

乳房が、女のように膨らんでいたのだ。

それは小さなものであったけれど、男の体には現れるはずのない膨らみだった。脂肪がそこについたのではない。

まるく形よく肉づいたそれは、女性の胸であった。

細かった弟の体に、少しだけ、柔らかく肉がついた。

まるで、女のように。

医者に見せたら、弟の体は、非常に女性に近い、男性なのだという。

体内が出す分泌物は弟を男にせず、女にさせるらしい。

"できそこない"だとは思っていたが、こんなにも"なりそこない"だとは思っていなかった。

弟は、男にもなれない。

そして、女にもなれないのだ。

弟はそれを静かに受けいれた。

泣き喚くことも混乱も戸惑いもしなかった。

世話役にさらしを巻いてもらい、肉を潰し、学校に通った。

小学六年の春。

今だ色気つくことを知らない少女たちの中において、最も美しいのは、弟であった。

見ないふりが出来ないほどに、気付かないふりが出来ないほどに、憎しみが溢れるほどに、

弟は美しかったのだ。

少年は弟に執心した。

これまで以上に執着し、触れた。

さりげなく支える手は尻にのび。

やけに近付く顔は耳朶をなぶり。

仲がいいね、と周りの友達は噂するけれど、違う。

少年は弟に"あいぶ"を施しているのだ。

弟はそれに気付かず、最近、とみに近付いてくる少年に、戸惑っていた。

しかし、拒むことも出来ず、されるがままになっていた。

少年は弟を抱きあげ、よく何処かに出かける。

弟はそのたびに、小さな花や、木の実を拾ってきて、枯れてしまうまで、部屋に飾っていた。
少年は異様に弟に触れるが、優しいのは昔のままだった。

大事に。

壊れものを扱うように。

目眩がするほど羨ましい!

私も弟のように歩けなかったら、彼は私を大事に扱い、抱きあげて何処かに連れていってくれるのだろうか?

羨ましい。弟がとても羨ましい。

私は弟に悪口を言い続けた。

大きくなり、たくさんのことを学んだ私は、単純な罵倒ではなく、胸をえぐるような言葉のナイフを手に入れた。

世話役や少年がいないときに、何度だって言ってやるんだ。


ある日、弟は修学旅行に行きたくない、と訴えた。

予定ではホテルの大浴場に入らなければならないのだ。

そこで、中途半端な姿をクラス中に晒すのが嫌だと言った。

一度、旅行の前に病院で"男にさせる物質"を注射したが、弟は再び倒れた。

男になることを拒むように、体を"女"にしていった。

今や潰すには苦しい大きさの胸が、細い体にアンバランスに果実のように実っていた。

確かに、そんな体を人に見せるのは恥以外の何物でもない。

両親は反対しなかった。

私は弟が旅行に来ないほうが嬉しかった。

けれど、少年だけは、反対した。

彼は弟の体をことを知らない。
その色香に惑わされているが、弟の体がどんなものになってしまったのか、知らないのだ。


見られて嫌われればいい。

そう、私は思った。





最悪の恋の形転生編・佐奈視点






05.04


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