ただのバカ話の続き
全く、と呟くと同時に佐助からくぐもった声が聞こえる。

そのたびに幸村の表情が歪み、痛みと悲しげなものに満ちていく。
今にも泣いてしまいそうだ。

「痛いのか、佐助?」
「これくらい痛くないよ」
「いや、痛いだろ。嘘つくなって」

佐助の言葉ではなく、六郎のものを信じ、

「ではなるべく痛くならないようにしてくれ!」

幸村は六郎に必死に頼みこんだ。
佐助は縄から抜けるために関節を外し、自分では外した関節を填められないため六郎に填めてもらっている。

「才蔵ならばなるべく痛みを与えないように填めてやれるでしょうけど、俺は……」

わざて痛くなるようにしてやっていますから、とは言えず六郎は言葉を濁して誤魔化した。

佐助は六郎がわざとやっていることをわかっているが黙っていた。
彼の言葉を使わない説教を静かに受け入れている。

(たかだか意地で、幸村さまを心配させやがって)

忍ならば自重しろ。
我を通すな。
関節をまた填めると、佐助は喉の奥で悲鳴を殺し、それでも漏れそうになる声をぎゅっと唇を引き結んで堪えた。

「大丈夫か?」

幸村は佐助の苦しみを我がことのように感じている。
それこそ佐助以上に苦痛を耐えている顔をして、佐助の顔を覗きこんだ。

虚ろな瞳を無理に笑ませ、佐助は大丈夫ですよ、と告げる。額から伝う汗に髪の毛が皮膚に吸いつく。
薄く空いた唇で切なく繰り返される呼吸。
幸村は一層、悲壮なものを浮かべて、俺のせいだ、と涙を一筋溢した。

「いえ、幸村さまのせいではありませんよ」

六郎は慌て口で否定し、手は佐助の関節を填める。
その瞬間に肩から走った痛みに、佐助は高く悲鳴をあげた。

「いいいっっっだああああ」
「だ、大丈夫かあ佐助えぇっっ!!??」
「こら。長。幸村さまが心配するだろう?大袈裟だぞ」

そして残りの関節を填める。

「………………っっっっっ」

関節から伝わる筆舌し難い激痛に、体が跳ねた。
電流が走ったあとのように体が痺れ、言うことを聞かない。
一体どこをどうすれば痛みに慣れているはずの体をこんなにも痛めつけられるのか。
下手な拷問よりも苦しい。

佐助は目尻に涙をためた。

己を支える力をなくした佐助はぐったりと六郎にもたれかかった。

「六郎っ……後で覚えてろ……」

力なく睨むが、六郎は鼻で笑う。

「これから長期任務があるから、しばらく長には捕まらないよ」

動けるようになるのはしばらくかかる。六郎はそこまで計算していた。

「戻ったら覚えてろよ……」

六郎はひょいと肩をすくめた。佐助を幸村に預け、立ち上がる。佐助よりまだ身長が低い幸村は自分より背の高い佐助を扱いずらそうにしていた。佐助はそれを肌で感じとり居づらそうだ。

「旦那、俺は大丈夫だから……」

無理に自分の力で起き上がろうとして、佐助は畳に顔面から倒れこんだ。
耳にやけに痛々しく届く鈍い音に幸村は慌てる。

滅多に見れない上司の醜態に六郎は口端を歪めた。

「佐助っ。無理するな」

幸村は急いで佐助を支えなおし、今度はしっかりと佐助の体を掴み、まだ成長途上の薄い胸に寄せる。
潰れた鼻を擦ってやり、佐助を心配そうに見つめている。
細められた目には翳ができ、少年期の危うげな色気をうっすらと振り撒いていた。

全くその意地っ張りの何処が可愛いのだか。六郎にはさっぱりわからない。

「養生してくださいね。長」

待てと騒ぐ佐助を無視する。最後に愁傷な言葉を残し、忍らしからぬのんびりとした歩きかたで部屋を出ていった。



全くあいつは……
額に青筋をたてて、佐助は呟いた。

ひとくせもふたくせもある忍隊のなかで愛敬ある茶目っ気を持つのはいいが、発揮する方向が間違っている。

六郎が怒っている理由は分かる。

主である幸村に身不相応に自分勝手な怒りを抱いていたことが同じ忍として気に障ったのだろう。
身勝手な行動で幸村にまで心配をかけて……

(叱られても当然かあ……でも六郎。これはやりすぎだろ……)

大体、幸村に支えられなければ起き上がっていられないなんて、迷惑がかかるではないか。
幸村のために怒っていたのに、これでは本末転倒だろう。

「旦那。俺のことは床に転がしておいていいよ」

佐助は苦く笑う。動かすたびにびきびきと痛みを覚える肩を無理に回し、平気だから放っておけと示す。
幸村はきゅ、と眉根を寄せ、唇を引き結んだ。佐助の肩をやんわりと掴む。

「無茶するな」
「でも旦那、俺支えてて重くない?迷惑でしょ?」
「そんなわけあるか!
もとは俺が団子に釣られて、縄抜けを見たいなんか言ったのが悪いんだ。それに、佐助は軽いから気にならない。
だから、気にするな」
「でも、こうなったのは俺が意地はったせいだし……」
「いいから佐助は痛みが引くまで大人しくしてろ」
「はい……でも、これ。六郎のことだから一日痛み引かないよ……?」

それまでずっとこうしているつもりなのか?
佐助は恐る恐る問う。

いや、流石に放っておくだろうと佐助は願望を抱いたのだが……

「ならば佐助の痛みが引くまで付き添う。元は俺が原因だ。責任は取る」

きっぱりと宣言した幸村に、はは、と佐助は疲れきった乾いた笑いが漏れた。
愚直なほど素直でひとを思いやる優しい心を持つ真面目な主。
なにもこんなところでこんな形で、それを発揮しなくしなくてもいいだろう、と
佐助は虚脱しきった体から更に力を抜かす。

佐助の内心など知るよしもないから、幸村は少しだけ増した重みに、頬を緩ませた。
忍とは思えぬ言動をする佐助だが、いつも幸村とは一線を置いている。
その忍がこうやって身を委ねてくれることが、嬉しいのだ。
体から力を抜き寄りかかってきてくれるのも、頼られているようで思わず笑みが漏れる。

佐助の重みは、信頼の証のように感じる。

いつも子供扱いをして、佐助は幸村の変わりに何でも背負おうと、必死にひた走る。

幸村には苦しみも辛いことも与えないように、感じさせないように。
明るい場所にいて、心から笑っていられるように。

そんな彼から、佐助の持つ苦しさや辛さを、少しだけ佐助からもらったような気がした。
元服したら、もっと重い、責任や家名を背負うことになり、重さが嬉しいだなんて言っていられなくなる。

けれど、今は。
胸に感じる佐助の重さに。

ただ、安らげる。



ふと、目に入った佐助の手首に、幸村は後悔の光を目に浮かべた。

赤い、縄の生々しい痕が、白い肌に浮き上がり、残酷に手首にうねっている。
縄で結んでいる最中は気にならなかったが、今見ると、痛々しいそれに鉛でも飲んだように胸が重苦しくなる。

「すまぬ……佐助」

忍にあるまじきことだが、佐助は主の腕の中で転寝していた。

ひとに体を預けているのは心地よく、まるで赤子が母の腕に抱かれているように落ち着く。幸村の胸に体を預け、後ろから抱き締めるように腰にまわる腕。
やんわりと体を包んでくるそれに、心が安らぐ。

幸村は体温が高いこともあり、それが佐助の眠気を誘うのだ。

「……ん、なあに。旦那……」

鼻から抜けるような声だった。

「その……手首……」
「ああ、これ……いいよ。気にならない。……男だし、どうってことない。その
うち、……消えるから……」

聞いたことのない、ふわふわとした声。眠いのだろうかと視線を落とせば、案の定、佐助は船を漕いでいた。
これでは、謝罪しても全く聞いていないのと同じだろう。

しかし、幸村は呆けたところがある少年なので、それに全く気付かず、眠そうな佐助に謝る。

「本当にすまない」
「いいって……それに、責任取ってくれるんでしょう?」

責任、の言葉に幸村は目をしばたかせ、どうやって責任を取ればいいのだ?と寝惚けている人間の言葉を間に受ける。

「元来、ひとをキズモノにしちゃった男はねえ……」

キズモノ、という少し破廉恥な言葉に、幸村は顔を赤くする。

キズモノの意味が違うことに、何故そこで気付かないのかは、やはり幸村だからなのだろう。

「……うむ」
「キズモノにしちゃったひとをお嫁さんにすればいいんだよ……」

幸村は佐助の拒むどころか、そうなのか、と得心したように頷いた。

「そうか。俺は佐助を嫁にすればいいのだな」
「んん〜俺が旦那のお嫁さん〜?」

何かおかしいなあと思うのだが、眠くてまともに思考が働かない。
自分が何を言っているのかも、実際わかっていない。

「お嫁さんは女がなるもんだよ。男の俺じゃ、なれない……」
「む?嫁にしろといったり、なれないと言ったり、佐助はどうしたいのだ?」

それに答えるまえに、佐助は幸村の腕の中で寝息をたてていた。

「……よく分からぬが、俺は佐助を嫁にしなければならないのだな」

幸村は本気でそう思っているらしかった。
今の段階だと"婚約"になるのだろうか。
十四という年で婚約者が出来るのは遅くも早くもない。
妥当な時期だろう。

「佐助が俺の妻になるのか」

不思議な感じだ。
思ってもみなかった。
というか思う必要もないことだ。

幸村の間違った思考に唯一突っ込みを入れられる佐助は眠っている。
間違った約束を胸に深く刻み、幸村は愛しそうに佐助を撫でる。

「母のように思っていた佐助が、俺の妻になるのか……」

そう思うとなんだか擽ったい。
武将が妻にするものは大体が政略である。幸村もそのように妻をめとると思っていたが、まさかこんな風に将来の妻が決まるとは思っていなかった。
晴天の霹靂である。

しかし、名も顔をも知らぬ武将の娘をめとるよりそのほうがいいかもしれない。

幸村はぼんやりと思った。
佐助のことは、まだ知らない部分もあるがよく知っている。

何より一緒にいると、安らげるというのは大きい。

夫婦間に大切なのは"愛"だと昔お館さまに聞いた。
その時は破廉恥だとしか思えず、考えないようにしてきたが、佐助と夫婦になるのならば、考えなければならないのだろう。

(……ん?愛とは考えるのではなく感じるものだったか?)

愛なんて、今まで恋だのなんだの破廉恥とおもわしきものから遠ざかって生きてきた幸村には全くわからない。

けれど、これからはわからないではすませられないな。

真面目な幸村はこれからは分かるようになろう、と決意する。
これも大切な佐助とよい夫婦になるためなのだと思うと、破廉恥なことと向きあえた。

「某はちゃんと責任を取るからな」

幸せにしてやる。
すやすやと眠る佐助に囁き、幸村は細い体を優しく抱き締めた。



四既